酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

聞き屋 与平 江戸夜咄草:宇江佐真理

聞き屋与平 江戸夜咄草 (集英社文庫)

聞き屋与平 江戸夜咄草 (集英社文庫)

 

  宇江佐真理さんの文庫版新作が出ていたので迷わずお買い上げしてしまいました。タイトルやらなんやら、雰囲気からして新しいシリーズものを始めたのかと思ったのですが、読み終えてみたらそうではありませんでした。これ一冊限りの読み切り単行本です。

 主人公の名はもちろん与平。両国広小路の薬種屋の隠居です。そして彼はやはり"聞き屋"という商売を営んでいます。いや、商売と言うよりは酔狂な趣味といったほうがいいのかも。江戸時代には、他人の話やうわさ話を記録として書き留め、編纂した人は実際にいました。根岸鎮衛の"耳袋"などが有名です。

 この本は、その辺からヒントを得て書かれた短編集かと当初は予想して読み始めました。それなら各話ごとに異なる登場人物、異なる物語を持ってきて、長くシリーズものとして続けることができそうです。ある意味捕り物小説のように。

 が、最初に書いたとおり、そんな予想と期待は大きく外れ、これはがむしゃらに働き続けたある男が、何の不自由も心配もない余生を迎え、自分の人生を振り返る物語でした。主人公は名実ともに与平であり、聞き屋にやってくるお客は、ほんの脇役に過ぎません。与平はなぜ聞き屋なんか始めたのか、他人の語りを聞きながら与平は何を思うのか...。

 それにしても、こういう商売が本当に成り立ったのかどうか? そんな野暮なことはさておき、教会で行われる懺悔のように、見ず知らずの他人(とも限りませんが)、秘密が守られることを信頼して話す打ち明け話をしたい、と言う気持ちは誰にでもありそうです。確かに、身近な人じゃないからこそ、自分の生活圏外にいる人だからこそ、敢えて話せることと言うのはあるのでしょう。

 何となく盛り上がりに欠けるストーリー展開で、このままグズグズと終わってしまうのか?と思えば、ちゃんとラストの見せ場は用意されていました。ある蒸し暑い夏の夜、与平の前に座り、とある客の打ち明け話を聞いた与平...。

 --- 年月が経ち、秘密を打ち明けたくなったのですかな? 「おうよ。苦しいのよ、黙っているのが。苦しくてたまらねェのよ。」  --- 明かすのなら奉行所のお役人になさい。それが嫌なら、じっと耐えることです。
「そいじゃ、一生黙ってろということか」  --- はい、墓場まで持って行くことです。それがあんたの償いですよ。

 長い間固く口を閉ざして誰にも言わなかったことが、おもしろい話であるはずはありません。むしろたいていは、辛くて醜い物語ばかりです。重い秘密ほど一人の胸に納めておくことは辛いことです。誰かに喋ることで、楽になりたくなるのでしょう。でもそれが身内なら、重荷を相手にも背負わせることになります。それは時には残酷なことかもしれません。

 うーん、でもどうなんだろう?正直なところ、宇江佐真理さんの小説としてはやや期待はずれでした。でも、重苦しいテーマをさらりと綺麗な人情物語に仕立て上げたところは流石です。最近、良くも悪くも刺激が大きい本を読み過ぎているのか、与平の微妙な心の揺れ動きが私には分からなかったようです。何かその辺が掴めれば、もしかしたらものすごくじわじわ来る感動を得られるのかも。

 お勧め度:★★★☆☆ (消極的なコメントですが、宇江佐さんファンなら読んで損はありません)