酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

家、家にあらず:松井今朝子

家、家にあらず (集英社文庫)

家、家にあらず (集英社文庫)

 

  「吉原手引草」がとても気に入ったので、続けて松井今朝子さんの小説を読んでみることにしました。ネットの口コミによると、直木賞を取った「吉原手引草」よりも、この「家、家にあらず」のほうを推す声が大きいようです。ということで、とても期待して読んでみました。タイトルの「家、家にあらず」とは、世阿弥の「風姿花伝」の一節から引用した言葉だそうです。これだけでは全く内容の想像がつきません。

 物語は、江戸北町奉行同心笹岡家の長女瑞江が、行儀見習いのために二十万石の大名砥部家の奥御殿へ奉公に上がるところから始まります。大名家の奥御殿と言えば、江戸城大奥のミニチュア版のようなところ。女だけの社会の歪さと、醜悪さ、そして嫉妬が渦巻く息苦しい世界。基本的にとても暗く、重い空気の中で物語は進んでいきます。

 内容についての予備知識は全くない状態で読み始めたのですが、読み進めていくうちに、これは瑞江という少女が、奥御殿の荒波に揉まれながら一人前の女に成長していく過程を通して、"女の生き様"を描いた人生論の物語だと感じていました。

 しかし実際の物語はそれだけにはとどまらず、砥部家奥御殿で起こる不可解な事件のミステリーへと展開していきます。八丁堀に生まれ育った瑞江は、恐怖を感じながらも目を瞑ることができず、そのミステリーを追いかけていきます。そして瑞江が辿り着いた事件の真相とは...。運命の不思議さと残酷さが突き刺さります。

 江戸時代、武家にとっての"家"の重みとは計り知れないものがありました。しかし"家"とは、特に女にとっての"家"とは何なのか?"血"とはどう違うのか? 事件の謎解きをする裏で瑞江は、武家の女の人生について、自分が生まれ育った八丁堀の家について、両親について、あるいは奥御殿を支配する"おば様"について、そして自分が将来嫁ぐであろう家について、様々なことを学び、考えます。そして瑞江が最後に辿り着い結論とは...。

 登場人物達の人間関係が非常に複雑ですが、主人公である瑞江を中心に、その距離感がつかみやすく、読み解きやすい小説です。そして、何と言っても最後のクライマックスは見事です。しかし伏線は最初から、そして繰り返し繰り返ししっかりと張られていました。読者の勘の鋭さに応じて、どこで気づいたとしても破綻はありません。とても秀逸な構成のミステリー小説です。

 さて"家"とはいったい何なのか? 正直なところ私には今ひとつ分かりませんでした。しかし次のような一節が、少し心に引っかかりました。

ちゃんとした想い出はなくとも自分を生んだお袋がいたのは確かだが、さて生ませた男となると、どこの誰だか見当もつかない。父親とはそれほどまでに頼りなきもの。それでいて世間では父親の素性で貴賤が決まり、身分が左右されるというのだから笑わせる。世の中のいい加減さが分かるというものではないか。

 結局のところ"家"というよりも"親と子"の絆について語られているのだと思います。その"親と子の絆"="家"なのかどうか? 読後も何かを考えさせられる小説です。

 おすすめ度:★★★★★ (重い小説です。ショックを受けました。私は吉原手引草のほうが好きです)