酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

赤まんま 慶次郎縁側日記:北原亞以子

赤まんま―慶次郎縁側日記 (新潮文庫)

赤まんま―慶次郎縁側日記 (新潮文庫)

 

 前作の「脇役 慶次郎覚書」を含む)「赤まんま」が文庫で発売されました。先月末にぶらぶらと暇つぶしに本屋さんに入ってみると、今月は思わず買いたくなるような時代小説の新作が目白押し。悩みに悩んで最終的に2冊を選んだのですが、主に悩んだのは2冊目の方だけで、この本を買うことは全く躊躇いませんでした。
 ありがちな捕り物のようでいて他にはない設定、ストーリー、そして雰囲気を持つ小説です。今作も期待に違わず、読んでいて思わず体中に震えが来るほどでした。それは感動というか痺れるというか何というか、北原亞以子さんの小説でしか味わえない独特の感覚です。

 慶次郎縁側日記シリーズは短編集の形式を取っていますが、各巻毎にある一定のテーマがあります。前作「やさしい男」は「貧困」がテーマだったように思います。そして今作「赤まんま」のテーマは、ずばり「男と女の愛」です。そして今回もまた慶次郎は単なる脇役。各編のストーリーの中で主人公になるのは色々な事情を持った様々な町人達。慶次郎はその物語の中にちょっとだけ顔を出すだけ。でも彼がいなくては締まらないほどの重要な脇役です。

 第一話の「三日の桜」は夫婦喧嘩の物語。いや、本当はもうちょっと背景は複雑で、若いときに苦労に苦労をを重ね米屋を開いたはおぬいと安兵衛の夫婦。小さいながらも店は順調に回り始め生活が安定したときにやってきた倦怠期。安兵衛の浮気に気づき、当てつけのように不要な浮気に走るおぬい。お互いの浮気がさらに二人を冷え込ませていきます。しかし助け合いながら苦労をした思い出までが消えるわけではありません。どこかでやり直したいとお互いに思いながら、すれ違いますます溝が深まっていく悪循環。最後に訪れる大立ち回りで、雨降って地固まる... とは行きません。お互いに反省して抱きつくような臭い落ちではないところがさすが北原節です。

 第二話の「嘘」はある女の嘘で塗り固めた半生の物語。恵まれない生い立ちを持つおはまが何とか生き延びていくために身につけた世渡りの術としての嘘。かわいそうな弱い女を演じる彼女はいつしかその嘘に縛られて身動きがとれなくなっていきます。それは単に自業自得、嘘を嘘で塗り固めたほころび、というような単純なものではありません。嘘を認めることが彼女にとってどれほど恐怖なのか? もしもああだったら、こうだったら... と誰でもが時折考える空想は彼女にとって生きていくための拠り所でした。そしてラストが秀逸です。嘘を暴いたがために生み出される新たな嘘。もしこうだったら... というとどまるところを知らない人間の想像力。人間社会がいかに嘘と空想に溢れていることをさりげなく風刺しているようです。

 第三話の「敵」はダメ亭主を支える献身的な妻の物語。賭博に溺れる男の転落というのは時代物ではよくある話ですが、建具屋を営む民蔵が溺れたのは富籤(=宝くじ)でした。それも元はといえば借金を返すために藁にもすがる思いで手を出したのが始まり。いつの間にか富籤のために借金を繰り返すようになった民蔵。それでも必死に家庭を守り民蔵を支え続ける妻のたつ。ひょんなことから二人に関わってしまった蝮の吉次の語り口で進む物語はまるで前作のタイトルナンバー「やさしい男」と同じ雰囲気です。捻くれきった善人、誰よりも正義感が強く優しさを持ちながら、誰からも恐れられる悪徳岡っ引きで名が通る吉次。彼は民蔵とたつの夫婦の問題にどんな決着をつけるのでしょうか。吉次の物語らしい落ちに思わず笑ってしまいます。

 第四話の「夏過ぎて」は不倫をした男と女、そして取り残された家族の悲しみと憎しみの物語です。実は捕り物でありながら珍しいことに慶次郎シリーズでは滅多に死人が出ないのですが、この物語では珍しく殺人事件が発生します。それも非常に残虐でやりきれない事件です。北原節で語られる慶次郎の世界は基本的にとても粋で美しいのですが、基本ハードボイルドなだけにひとたび殺人となると徹底的に凶悪になります。この物語の主題はその殺人事件謎解きではなく、事件の背景にある人間模様です。犯人の独白を聞き思わず同情したくなりますが、同時に否定しようのない正義を突きつけられ、読者の心を大きく揺さぶります。その心の揺れ動きは本当にこんな事件に巻き込まれた当事者だったらどれほどのものなのでしょうか?

「お前のかみさんは気の毒だが自害だよ。そしてお前も手前で手前を殺した。が、おちかさんには生きるべき人生があったんだ。」

 これは慶次郎がラストでしゃべる台詞(の一部意訳)です。慶次郎シリーズを第一巻から読んでるファンには、この台詞が慶次郎の口から出たのを聞いて(読んで)ズシッと心に来るものがあるはずです。私はすっかりやられてしまいました。この本の中ではもっとも重くて心に残る一編です。

 第五話の「一つ奥」も夫婦愛の物語。でもちょっと毛色が違ってミステリー仕立てになっています。ある日の深夜、刺殺体で見つかった善七。彼の妻おさいは行方が分からず、おさいの姉妹親族、関係者がすぐに番屋に集められます。そこへ駆けつけた慶次郎の養子の晃之助。彼ら彼女らから善七とおさい夫婦のことを色々聞き出します。お互いに牽制し合いながらぽろぽろと少ししゃべり始める姉妹親族たち。誰もがおさいが犯人だと頭の隅で思いながら、その話題を避けて通る微妙な空気。親戚内にある細かいわだかまり。そして最後にようやく番屋に連れてこられた渦中の中心人物おしん。彼女の口から語られた事件の真相と、彼女の心の内とは。兄弟にも親戚にも誰もの想像の遙か上を行くおしんの告白。晃之助までもが涙する感動のラストです。まるで舞台劇の脚本を読んでるかのような一編です。

 第六話はタイトルナンバーの「赤まんま」です。将来夫婦になることを夢見ていたおみちと丈吉の物語です。幼なじみの二人は成長して大人になってから久しぶりに出会って恋に落ちる... というのはよくある流れですが、その後結局不治の病に二人は引き裂かれてしまいます... という流れもやはりありがちではあります。しかしこの物語のポイントはそこにあるのではなく、引き裂かれる直前に二人が交わした約束にありました。「赤まんまの簪が欲しい」とつぶやいたおみち。「いつか必ず買ってやる」と約束した丈吉。そして商いに成功し材木問屋の主人となり、丞右衛門と名前を変えて独身を貫き通している丈吉の手元には、値がつけられないくらい素晴らしい細工で赤まんまを象った簪があります。おみちを忘れられず愛し続けながらも、過去に縛られて身動きのとれない丞右衛門。彼の心を解き放ったのは慶次郎の一言とは...。

 第七話の「酔いどれ」もまた夫婦愛の物語。縄のれんに勤めるおつぎの亭主留三郎は仕事もせずに昼間から酒を飲み続け、時折おつぎの暴力を振るうダメ人間です。しかしどんなにひどい仕打ちを受けてもおつぎの留三郎への献身は変わりません。世間は誰もが「別れてしまえばいいのに...」と心配する中で、健気に留三郎の世話をしては折檻されるおつぎ。しかしこの二人には誰にも知られていない、知られてはいけない過去と秘密がありました。それは一体何だったのか? 留三郎の告白はとてもショッキングで悲しい物語です。

 第八話の「捨てどころ」はちょっと雰囲気が違って、男と女というよりは母と娘の物語です。半ば駆け落ちのようにして実家を捨て貧乏生活を送るおまきと、有り余る財産を持って優雅な隠居生活を送る母親のおれん。娘のおまきが感じるのは、自分が愛した人を受け入れてくれなかった母親へのわだかまり、実家を捨てたことへの後ろめたさ、そして生活が苦しくお金をもらっている後ろめたさです。母親のおれんにしてみれば、娘の愛する人を拒絶したことへの後ろめたさ、実家を捨てた娘への失望、そしてお金でしか娘とつながっていないことの心細さです。お互いにお互いを必要としながらも意地を張り合う二人。果たしてこれは「親の心子知らず」なのか「子の心親知らず」なのか? 家よりもお金よりも、何よりも大事なのは家族なのだと訴えかけてくるようです。


 北原亞以子さんの書く小説では、人間の微妙な心の機微がとても美しく上手く表現されていると思います。状況や背景などの説明的な部分は必要最小限で、物語のほとんどがその場の空気、登場人物たちの心の動きで表現されているようです。いつかも書いた気がしますが、北原さんの小説で描かれる人物はわずか40ページの短編の中にしか登場しないとしても、その人が30年なら30年の人生の積み重ねが感じられるほど非常に生々しくて厚みがあります。

 北原作品はもちろんフィクションなのですが、きっと記録に残っていない名も無き無数の人が北原さんの小説に出てくるような人生を送って江戸に暮らしていたんだろうな、と思わず思いを馳せてしまいます。その辺の想像力をかき立てる部分も私が北原節が好きな一つの理由かと思います。

 おすすめ度:★★★★★