食いしん坊の鳴家に会いたくなる:やなりいなり/畠中恵

投稿者: | 2014年1月2日

やなりいなり (新潮文庫)

やなりいなり (新潮文庫)

偶然みかけた美しい娘に、いつになく心をときめかせる若だんな。近頃日本橋通町では、恋の病が流行しているらしい。異変はそれだけに止まらず、禍をもたらす神々が連日長崎屋を訪れるようになって…。恋をめぐる不思議な騒動のほか、藤兵衛旦那の行方不明事件など、五つの物語を収録。妖たちが大好きな食べものの“れしぴ”も付いて、美味しく愉快な「しゃばけ」シリーズ第10作!

 新年最初のエントリーは初心に返って読書感想文です。畠中恵さんの代表作「しゃばけ」シリーズの第10作目。前作「ゆんでめて」からだいぶ間が空いたような気がしていましたが、調べてみたらちょうど1年ぶりでした。一年一作というのはこの手のシリーズものとしてはちょうど良いペースだと思います。

 前作もそうでしたが、今作にもこれまでにはないちょっとした趣向が凝らしてあります。と言うのも、今作に収録されている五話それぞれにひとつずつ、江戸時代の江戸の料理が出てくるのですが、そのレシピと作り方が「序」としてそれぞれの物語の最初に載っているのです。その料理とは「小豆粥」、「やなり稲荷」、「煠出しいも」、「ゆでたまご」、そして「味噌漬け豆腐」です。調味料が塩、酢、味噌、醤油くらいしかなかったという江戸時代。食材も今は当たり前に手に入るものがなかったり、逆に今は滅多にお目にかからないものが豊富にあったり。その中でも今回取り上げられた五品目は、現代でも簡単に再現できる料理とのことらしく、「キッチンペーパーで代用可」みたいな注釈入りです。

 と言うことは、今作のテーマは料理かと思えば、そうでもありません。長崎屋の若旦那、一太郎は相変わらずひ弱で、両親や兄やたちから尋常じゃなく過保護にされています。そして、その周囲に暮らす妖たちも健在。特に子鬼の鳴家達の傍若無人な天然ぶりは以前よりも進歩(いや退化か?)しているのではないかと思えるほど。もうおなじみとなった柴田ゆうさんのイラストと共に、かわいくて仕方がありません。ともかく、一太郎や妖達が料理を作るはずもなく、もっぱら食べる方専門です。ストーリー自体はいつもと変わらず、ただし重要な小道具としてこれらの料理が出てくる、と言った筋書きになっています。

 このシリーズは、家をミシミシ、バキバキと鳴らす「鳴家」や(我が家にもいるはず!)、稲荷の盛り狐、橋の通行を守る神様「橋姫」などなど、日本古来の伝説やおとぎ話に出てくる妖怪、神様の類いがわんさか出てくるファンタジー小説です。ほとんど漫画的と言ってもいいほど。主人公の一太郎こそ人間ですが、ストーリー展開もどことなくコメディ風味が効いています。しかしながらこれが歴とした時代小説なのです。単に設定を江戸時代の商家に置いた、と言うだけでなくその必然が感じられるほど、しっかりとした考証がなされています。

 考証がしっかりしているから読める… というほど上から目線でいるわけでなく、私がなぜこのファンタジーでコメディな小説に惹かれるか?と考えると、そこには私の好きな江戸の時代小説の風味がむしろ色濃く感じられるからに他なりません。

 例えば何気ない街中の様子…

・・・元気の良い返事を聞くと、藤兵衛は頷き、岸辺から、賑やかな道へと足を向けた。広い通りの両側には、数多の店が並び、その前には路上の店がずらりと品を広げている。二人でひく大八車が通り、草履売りが行き、一個四文の大福餅売りが荷箱を担いで歩く。武士が道を行く先には、冷や水売りが桶を担いでいた。

 何でもないようでいて、実に蘊蓄に富んだこういった文章が、物語中にさりげなく差し挟まれており、読み進めていく上での潤滑油となっています。

 あるいは、今は失われた江戸時代のセーフティネット…

 捨て子や迷子は、親が見つからない場合、拾われた町の者達が責任を持つことになるのだ。大概は町役人が、養子の先を探すことになる。痘瘡や麻疹など、病で子が亡くなることも多いから、貰い先は結構見つかった。もし駄目な場合は、町が十過ぎまで子を養い、その後奉公先を見つけることになる。

 といったトリビアが鏤められています。作者の畠中恵さんが、いかに江戸時代を愛し、よく調べてこのおかしなお話を書いているのかが、実感できるからこそファンになって10作も読み続けているわけです。

 ところで、このシリーズに限らず時代小説の中の江戸を読んでいて感じるのは、当時の地域社会の仕組みと、それによる防犯および社会福祉が如何に優れていたか?ということです。孤児に限らず、核家族、母子または父子家庭、単身者、独居老人、障害者などなどに対する数々のセーフティネットが用意されていました。もちろん問題も山ほどあったことでしょう。でも、誰かの命を守ることは自己責任ではなく、社会の責任という前提は共有されていました。どこぞの政権政党が掲げる、家族の絆を重視する伝統的な日本への回帰みたいな浅い政策が如何に嘘っぱちか、思いを新たにします。

 さて閑話休題。このファンタジー時代小説のベースとなる、優れた時代考証のひとつが今作に登場する数々の料理です。長崎屋は大店なので長屋の庶民とはだいぶ生活が違いますが、そこにはどんな食卓が並んでいたのでしょうか? 慎ましい武家や、貧乏長屋の食生活は意外にたくさん読んできた気がしますが、大店の台所事情(文字通りの意味で)は結構珍しいと思います。

 江戸の裕福な家庭に起こるファンタジーと、江戸の風情、当時の社会の仕組みに関するトリビアがまぜこぜになった、実に読んでいて楽しい小説です。

 ちなみに巻末には作者の畠中恵さんと料理研究家の福田浩氏による、江戸時代の料理に関する対談が収められています。食材や調理法だけでなく、器にまで拘るというあたりに驚いてしまいます。でも考えれば、その道を追求している人には当然のことに違いありません。そして江戸と関西の料理の違いは出汁だけではないし、江戸前なんてものは田舎料理のひとつに過ぎない… などなど、とても面白いお話が満載です。

 【お気に入り度:★★★★☆】

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