アミダサマ

投稿者: | 2012年2月25日

アミダサマ

アミダサマ

幼な児の名はミハル。廃棄された冷蔵庫から生れた物言わぬ美貌の子。ミハルが寺に引き取られてから集落はじわじわと変わってゆく。そして猫の死。そして母の死。アミダサマ!ミハルは無心で阿弥陀仏に何かを念じているようだった。冥界へ旅立つ者たちをその手で引き止めるために。痛切なその叫びは冷蔵庫の扉を開けた男にもしっかりと届いていた…。

 一言で感想を先に言ってしまうと、何とも気味が悪くて面白い小説でした。それもそのはず、これの小説は「ホラーサスペンス」なのですから。この手の小説と言えば、私はスティーヴン・キングが大好きでやたらに読みました。そのせいもあって、この小説を読み始めたら「これはキングの世界だな」と思ってしまいました。それは、文字通り小説として「キング作品に似ている」ということではなくて、単に「これはホラーサスペンスだ」という程度の意味なのですが。

 時代小説ばかり読んでいる私がなぜホラーサスペンスを読んだのか?と言えば、知人に勧められて文庫本を貸してもらったから。勧められたといっても「これすごい面白いから!」と言うのではなく、「これ意味が分からなかったから読んでみて」というトーンでした。そう言われるとそれはそれで興味が出てきます。和製のホラー小説なんて初めて… ではありません。10年以上前に流行った鈴木光司作品は読んだことがあります。「リング」とか「らせん」とか。さらに同じころ坂東眞砂子の「死国」も読みましたっけ。実際「死国」はすごく面白かったという印象が残っています。

 で、この「アミダサマ」。ホラーと言ってもグロいところはほとんどなく、変なお化けが出てくるわけでもありません。舞台はお寺。阿弥陀如来を本尊として「南無阿弥陀仏」と唱えるので浄土宗とか浄土真宗あたりでしょうか。神としての阿弥陀如来について繰り返し語られると同時に、その神とほとんど紙一重のようにして邪悪なものが入り乱れるようです。アミダサマは神なのか邪悪なのか? しかし善悪の明確な対立はなく、邪悪なものの正体はよくわかりません。なぜ、こうなっているのか? いろいろ不思議なことが起こりますが、なぜこうなるのか? 格別種明かしをされるでもなく、勝ち負けがあるわけでもなく迎える結末。この辺が「意味が分からない」という感想につながるのでしょう。

 私なりの解釈ではこれは信仰のお話なのかな?と思いました。少女の一途な念がこの世の仕組みに穴を開け、アミダサマのもとへ行こうとする者、つまり死者を振り向かせようとする強い力。その強い力が発するコエが聞こえてしまう者は不幸になる…。などなど、いろいろな不思議なプロットが仕組まれているのですが、最後まで明解な説明はされず、なんと解釈や感想をまとめていいのやら分かりません。しかし感覚的に何となく分かるだけに、かえってその方がずっしりと重い読後感を残します。分からないなりに満足してしまうのは、キングを読み慣れているせいばかりではないと思います。

 信仰心というのは、どんな現実主義者もある程度は持っている、人間の本能のようなものではないかと思います。こんなことあり得る、あり得ないという次元とは違い、人の心の奥底の、もっと根源的な部分に何か問いかけてくるような、実はすごく深い物語なのかな? というのは深読みしすぎでしょうか。

 最後に巻末解説になかなか面白いことが書かれていました。「本書のプロローグは、救済と読むか、無間の業苦と読むかで、印象はまったく異なったものになると思う」というもの。確かにその通りだと思います。しかし私は何となく自信が持てないながらも「業苦はまた繰り替えされるのか…」と受けとりました。その後この解説を読んで「なるほど、救済と言う解釈もあるな」と気がつきました。解説者は「祈るような気持ちで、救済だと思いたい」と締めくくっています。そう、救済であってほしいと「祈る」しかありません。

 【お気に入り度:★★★★☆】