安政五年の大脱走

投稿者: | 2011年7月5日

安政五年の大脱走 (幻冬舎文庫)

安政五年の大脱走 (幻冬舎文庫)

安政五年、井伊直弼に謀られ、南津和野藩士五十一人と、美しく才気溢れる姫・美雪が脱出不可能な絖神岳山頂に幽閉された。直弼の要求は姫の「心」、与えられた時間は一カ月。刀を奪われ、逃げ道を塞がれた男達は、密かに穴を掘り始めたが、極限状態での作業は困難を極める…。恋、友情、誇りが胸を熱くする、痛快!驚愕!感動の娯楽大作。

 本屋さんで何となく目についた本です。帯に書かれた「Twitterで話題沸騰中!!」という言葉に釣られたと言った方が良いかも。え?そうなの?知らなかった… と。作者の五十嵐貴久さんという作家さんも全く知らなかったのですが、それもそのはず、この方は時代小説家というわけではなく、むしろテレビドラマ化された「交渉人」とか「ロケットボーイズ」の原作者として有名だそうです。そんな現代物小説で有名な作家さんが手がけた時代小説とはどんなものなのでしょうか? それはそれで興味がわいてきました。

 安政五年とは西暦で言うと1858年のこと。すでにアメリカから黒船がやってきて、幕府は諸外国と様々な条約を取り交わしていた頃。泰平の鎖国時代は過ぎ去り、幕末といわれる時代が始まっていました。この小説の主人公はというと、南津和野藩奉行の桜庭敬吾とその周囲の人々で、これらは架空の藩の架空の人物たち。一方で重要な役割を果たすのが彦根藩主にして幕府大老であった井伊直弼とその取り巻きたち。こちらは厳然と歴史に名を残す実在の人物。そして、時代背景を巧みに利用しているとはいえ、この小説で起こる事件は架空のものです。

 肝心な内容はといえば、本のタイトルと帯に書かれたいくつかの言葉、そして(上に引用したような)裏表紙の要約紹介文を一読し、最初の数ページを開いてしまえば、概ねほとんどが分かってしまいます。事情はともかく、これはどこかに閉じ込められた人々が命をかけて脱出する物語であると。

 この本を読み始めて真っ先に思い浮かべたのは、なぜかスティーヴン・キング作の「刑務所のリタヘイワース」です。無実の罪で服役するある囚人が長年かけて刑務所から脱出する物語。しかしむしろこの小説がベースにしているのは、第二次世界大戦中にドイツ軍の捕虜となったイギリス兵による集団脱走事件です。この実話は「大脱走」というタイトルで映画化されました。実際のところ、この小説は「大脱走」の日本版リメイクと言えるのかも知れません。

 という点では、本来この物語は必ずしも時代ものである必要はなく、どんな設定においても成り立ちそうです。日本国内で武力闘争があった幕末は何かと都合がよいし、「忠義」という動機を新たに付け加えることで、ストーリー展開に深みを与えているのは確かだと思いますが。しかしなぜ井伊直弼なのか?という点については特に意味があるようには思えず、そういう点ではやはり時代小説としての面白みには欠けます。

 ラストで訪れるどんでん返しは想像を超えており、なかなか痛快ではありますし、正直にこれはやられた!と思いました。ある意味この小説はミステリーものなのかも。しかし、物語のあちこちに埋め込まれた小さなヒントが隠されているとはいえ、閉じ込められるまでの序盤と、ラストの落ちだけ読めば、この小説の80%は読んだことになるのではないかと思います。

 ということで、ベタな時代小説が好きで読んでいる私にとっては、これは特にTwitterで何かつぶやきたくなるような小説ではありませんでした。結末で一瞬だけあっ!と驚くために、400ページに及ぶ前置きを読まされた気がします。文字も小さくてページ数も多いですが、暇つぶしに悪くはないでしょう。

 【お気に入り度:★★☆☆☆】