やる気のない刺客

投稿者: | 2011年1月14日

やる気のない刺客 町医北村宗哲 (角川文庫)

やる気のない刺客 町医北村宗哲 (角川文庫)

元渡世人にして名医と評判の宗哲のもとには、患者だけでなく時に厄介な相談事が舞い込む。人宿に奉公の口を探しに来た女りゑは、将来を言い交わした男が思わぬ借金を背負ってしまったため売女奉公をしたいと言う。ところが証文を交わした夜、人宿の2階でりゑが突然、苦しみ始めた。請われて往診に出向いた宗哲は薬を処方したが、よくならないばかりか事態は思わぬ方に流れて…。円熟の腕が冴えわたる、人気シリーズ第2弾。

 佐藤雅美さんの「町医 北村宗哲」シリーズの第二巻です。文庫版は年末に発売になったばかり。新刊コーナーに並んでいたのを見つけて手に取ったのですが、「北村宗哲」という主人公の名前に覚えがあります。確かだいぶ前に第一巻を読んだよなぁと思いつつそのまま購入。後でブログの過去ログを捜していくと、ちょうど2年前に読んでいました。ブログって備忘録としても便利です。特に読書関連は。自分が書いた感想文を読んで、大体どんな話だったか思い出しました。

 エリートの道から転落し、一時は任侠の世界に足を踏み入れたこともあるという、不思議な経歴を持った北村宗哲。社会の底辺の人たちにも広く医療を提供するという医療の理想を貫きつつ、しかし自分を犠牲にするような聖人君子的な人物ではありません。きれい事ではなく、人間の裏の裏、社会の闇を知る彼だからこそ治すことの出来る人間の”業”という病。
 この小説が描く末端医療現場というか、医療が関わる人間社会の闇の深さは、第一話「おもん婆さんの頼み事」と第二話「十一年前の男」を読めば明らかです。特に第一話の結末は予想していなかっただけにちょっとショックを受けました。

 今作の中心的ストーリーは江戸のやくざ達の縄張り争いです。各話のタイトルもその流れに沿っています。もうその世界とは関係ないと言いつつも、彼らの抗争の行方が気になって仕方ない宗哲は、耳をダンボにして情報収集に努めます。結局特にどうその抗争に関わるわけではないのに、なぜかドラマとしてなり立っている物語力はさすがです。と言うより非常に複雑で展開の山谷がわかりずらそうなストーリーなのに、なぜかすんなりと情景が目に浮かんでくるような、不思議な面白さを持った小説です。

 もちろん佐藤雅美さんらしく、物語の背景にある様々な事柄に対する、非常に細かい時代考証も健在です。長崎奉行という役職について、当時の医療の仕組み、漢方と蘭方の関係、女医さんの役割、そして江戸の裏社会の事情などなど。時折、詳細な史料をベースにした解説が差し挟まれています。江戸の人々の暮らしや当時の社会を知る上では、佐藤さんの小説は本当に色々勉強になります。

 さて、単行本ではちょうど第三巻「男嫌いの姉と妹」が発売されたところです。文庫化されるのはまた2年後くらいでしょうか。佐藤雅美さんのシリーズものはゆっくりとしたペースで進んでいくようです。そういえば、そろそろ居眠り紋蔵が出ても良い頃だな…。

 【お気に入り度:★★★★☆】