惻隠の灯

投稿者: | 2010年6月11日

惻隠の灯 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

惻隠の灯 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

底知れぬ悪の気配を漂わせる、両替商堺屋五右衛門。幕府の財政関係者など四人が無残に殺された事件の詮議中、一歩も引かない堺屋に、逸馬は背筋の凍る緊張感を抱いていた。だが、女公事師真琴は、堺屋が親を亡くした子を援助している善人だと譲らない。「悪人」の本質に迫るシリーズ新境地。

 井川香四郎さんの人気シリーズ「梟与力吟味帳」の第九巻です。NHK土曜時代劇でも「オトコマエ!」という変なタイトルでシリーズドラマ化されていますが、新刊発行とともに近々また新シリーズが放映される、と言うことではなく、今作は普通のルーチンの新刊として発行されたようです。

 四編の少し長めの短編からなっており、第一話はタイトルにもなっている代表作。商人と幕府高官との癒着にからむ大きな事件なのですが、正直言って読後しばらくたった今となっては、あまり内容を思い出せないほど印象に残っていません。ちなみに第三話の「花の棺」も同じく印象が薄いです。古い事件に関わる後日談ですが、その古い事件についても記憶がありません。
 悪人がただ悪人として描かれるなら、ステレオタイプな時代劇の勧善懲悪ストーリーと変わりがありません。もちろん、今作がただそれだけでないのは衝撃の最後を読めば分かるのですが… しかし堺屋五右衛門という悪人像が今ひとつ判然とせず、かといってそこに大きな不審を感じることもなく、淡々と読み終えてしまった気がします。
 しかし第二話の「絹に棘あり」や第四話の「眠り流し」は十分に楽しめました。定廻り同心や岡っ引きではなく、吟味方与力を主人公においていることを十分に生かし、謎解きと捕り物に終始するのではなく、事件の背景、犯罪を犯す側の事情にまでスポットを当てた奥行きの深さが、このシリーズの特徴だと思っています。
 どうしようもない悪事を働くに至った女性の生涯、足を洗えなくなった若者のあがき。「罪を憎んで人を憎まず」を自然と読者に感じさせる良い物語です。良い物語りとは言っても、必ずしもハッピーエンドとは限らないのですが。

 【お気に入り度:★★★☆☆】