槍持ち佐五平の首

投稿者: | 2010年5月30日

槍持ち佐五平の首 (文春文庫)

槍持ち佐五平の首 (文春文庫)

ころは文政の初年、相馬藩の宿割役人が主に先立ち、奥州街道は大田原宿の本陣にて明日の宿泊の確認にやってきた。そこへ会津藩が格式を笠に着ての無理難題。この騒動に巻き込まれた臨時雇いの槍持ち、佐五平の運命が翻弄されていく。表題作を始め、武家社会に生きる男たちの姿を赤裸々に描く時代小説短篇集。

 新刊でも何でもない佐藤雅美さんの短編集です。本屋さんの文庫コーナーの棚に、一冊だけひっそりと並んでいたこの本に目がとまったのは、なぜなのか自分でもよく分かりません。奥付によると単行本の発行は2001年、文庫化されたのは2004年とそんなに昔の作品ではありませんでした。小説家と言うよりは学者的な文章を書くことも多い佐藤さんの小説は、考証に重きが置かれていて時に難解な場合が少なくありません。一方で「居眠り紋蔵」シリーズのような人情味を感じる暖かい小説もあります。今回の「槍持ち佐五平の首」はその中間を行くような、難解だけど面白い絶妙な物語でした。

 佐藤さんらしいのはどの物語も実際にあった事件の記録をベースにしていること。しかしそれらの事件は、歴史を動かした一大事として、多くの人によって詳細に記録され、語り継がれたものではなく、今となっては忘れ去られたようなものばかり。しかし当時はおそらく関係する人々に大きな衝撃を与えたであろうと想像されるような、刺激的な内容の事件なのです。

 巻末の解説ではこれらをさして「愚か者の物語」と説明しています。なるほどそうなのかもしれません。それよりも私には「江戸時代の三面記事あるいはゴシップ、スキャンダル」的物語だな、と思いました。失笑してしまうような、本当にこんなやついたのか?と思えるような変な話のオンパレードです。

 呆れ果ててしまうような信じがたい事件は、現代に負けず劣らず江戸時代にもたくさん発生していました。この本で語られているだけでも不倫、いじめ、暴力、怨恨などなど、現代にも通じる背景の事件ばかりです。体面にこだわる武士の世であっても、所詮は人間社会なのですから。むしろ窮屈な封建社会であったからこそ、より馬鹿らしく愚かな事件が発生したと言えるのかもしれません。

 タイトルにもなっている「槍持ち佐五平の首」は特に印象的です。これだけは「愚か者」の物語ではないと思います。いや、くだらない面子に命をかける武士社会のありかたが愚かだと言えばそうなのですが。その馬鹿馬鹿しい武士社会の歪みが生み出した血なまぐさい事件の物語。なのに武士の中の武士とも言える主人公、絹川弥三右衛門を応援してしまうという矛盾。めちゃくちゃな結末を迎えるのになぜか読後感はスッキリです。

 【お気に入り度:★★★★☆】