北原亞以子さんの遺作「慶次郎縁側日記」最後の四巻を読む

投稿者: | 2016年2月29日

あした 慶次郎縁側日記 (新潮文庫)

あした 慶次郎縁側日記 (新潮文庫)

祭りの日: 慶次郎縁側日記 (新潮文庫)

祭りの日: 慶次郎縁側日記 (新潮文庫)

雨の底 慶次郎縁側日記

雨の底 慶次郎縁側日記

乗合船 慶次郎縁側日記

乗合船 慶次郎縁側日記

元同心・森口慶次郎、最後の事件。著者入魂の傑作シリーズ、ついに完結! 「二十年の恨みだ」男はそう言って晃之助を刺した。それは義父である慶次郎に向けられた復讐の刃ではなかったのか。やがて浮かび上がる一人の罪人とその切ない人生に、「仏」と呼ばれた元同心は何を思う――。いつの世も変わらぬ苦悩と人情がここにはある。円熟の境地でこの世を去った筆者の絶筆までを収録したシリーズ最終巻。

Amazon CAPTCHA

 北原亞以子さんが亡くなったのは2013年の春のこと。しかし雑誌発表のみで単行本化されてない作品が多く残っていたためか、訃報が流れた後も2013年から2014年にかけて慶次郎シリーズの新刊が順次発行されました。

 第十三巻「あした」は亡くなる約一年前の2012年4月に単行本で発行されたものですが、文庫化されたのは2014年9月になってからです。十四巻「祭りの日」以降の三冊は、亡くなった後に単行本として発行され、最終巻となる十六巻「乗合船」が出たのは2014年3月のことです。

 各話の初出がいつなのかは、少なくともKindle版には記載がないのですが、調べてみると概ねこれらは2009年から2013年頃(つまり亡くなる直前)にかけて書かれたものが収録されています。

 文庫版の発行に合わせてゆっくりとこのシリーズを追いかけてきた私は、第十二巻「白雨」までしか読んでいませんでいした。第十三巻以降が文庫化されたり、シリーズ最後の一冊として第十六巻が発行されたりしたことは知っていましたが、もうこれ以上続きが増えることがないこのシリーズを、最後まで読み切ってしまうのが何となく躊躇われ、本屋さんでもKindleストアでもこの3年間見て見ぬふりをしてきました。

 しかし今年に入って、慶次郎とお別れをする決心がようやくついて、未読だった残り四巻をKindleで一気に読破することにしました。

 北原亞以子さんは2012年に心臓の病気で生死の淵を約一年間彷徨ったとのことで、復帰後にまとめられた第十三巻「あした」には、巻末にその辺の事情を聞いたインタビューが収録されています。

 そこで彼女はこの慶次郎シリーズについて以下のようなことを言っています。

 過去に書いた「慶次郎」を読んで「ずいぶんそこの浅いことを書いてるな」と思うくらいには成長しましたね(笑)

 これを読んで勝手に納得したのですが、実はこの十三巻「あした」は、それまでの作風とどこか違っているな、と感じたのです。もともと北原作品は少ない言葉で描かれた情景から、行間読み余韻を楽しむタイプの文章だと思っているのですが、この「あした」を編纂するに当たって古い原稿にも手を入れたらしく、その過程でさらに余分な言葉が削り落とされ、行間が広げられ、余韻が深く、長くなったのではないかと思います。

 なので、しっかりと北原節の世界に没頭してないと、その隙間と余韻の入り口を見失いがちになりました。それは最終巻「乗合船」まで続き、一番最後に収められた「冥きより」などは、二回読み直しましたが私はまだこの物語を理解する鍵を見つけられていまん。

 どうやらこれは何度目かの佐七の恋のお話だったのか、ということがおぼろげに分かったくらい。おゆうは佐七に感じた気持ちをどうしたのか? 慶次郎は最後に何を言い淀み、玄庵は何を口止めしていたのか? 何もかもがよく分からないまま物語は次のように締めくくられます。

 なだめる弟子の声が聞こえる。良く晴れていて、風がなくて穏やかな日だった。屋敷の前の小川は、流れをとめたように光っている。

 これが20年近く続いた慶次郎縁側日記シリーズの最後です。完結はしていません。いえ、この慶次郎のこの物語に結末などもともと無いのでしょう。北原亞以子さんは、ご自分の寿命を悟っていたかどうか分かりませんが、このシリーズについて書き残したことはないのではないかと思います。

 私にとっては、最後の一冊がよく分からないくらいでちょうど良かったのかもしれません「もっと歳をとってから読むべき大人の小説だな」と、10年以上かけて16巻を読破してようやく気がつきました。

 またいつか、最後の一巻だけでも読み直したいと思います。あの時は「こんなことも分からなかったのか」と思えるくらいに成長していると良いのですが。