酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

百名城スタンプラリー事始めは江戸城から

 昨年からいくつかお城巡りをしたりしていましたが、そうこうしているうちに城好きな友人達の影響を受けるようになり、とうとう私も「日本の百名城スタンプラリー」を始めることにしてしまいました。北は北海道から南は沖縄まで、各県各地に点在している百名城を巡り、スタンプを集めるという壮大な遊びです。ただ漫然とお城を見に行くよりもモチベーションも沸いてくるというものです。

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 スタンプ帳を手に入れて、最初はどこに行こうかと考えたとき、やはり自宅から一番近いお城を第一歩とすることにしました。はい、その最寄りのお城とは東京のど真ん中にある江戸城跡です。

 長年東京に住んでいながら、実は江戸城跡を見に行くのは始めてのことだったりします。

スタンプ帳

 まず手に入れなくてはならないのはスタンプ帳兼ガイドブックです。アマゾンを検索するといくつか候補が見つかります。

 昨年秋に甲府城を訪れた際にガイドの方がお勧めしてくれたスタンプ帳が欲しかったのですが、どうしても見つかりません。すでに絶版になってしまったのか、なにか聞き落としたのか? まぁいいやと言うことで最もオーソドックスな一冊を選びました。

日本100名城に行こう―公式スタンプ帳つき

日本100名城に行こう―公式スタンプ帳つき

 各お城の解説は基本的に1ページ1城でごく簡単ですが、今の時代情報集めはインターネットのほうが便利なので、内容はあまり気にしていません。

 後半はスタンプ帳になっていますが、厚手の紙でしっかり装丁されているので、開いたままにすることが出来ず、場所によってはスタンプが押しづらいかもしれません。A5版の140ページで比較的小さくまとまっているので、鞄の隅に入れて持ち運ぶには便利かと思います。

いざ千代田のお城へ

 ということで、お城巡りのスタートです。最初に書いたとおり、記念すべき第一回目は江戸城です。

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 江戸城跡への入り口は3カ所ありますが、地下鉄大手町駅からほど近い大手門から入りました。堀端にあるこの小さな門は高麗門で、大手門の本体とも言える渡櫓門はさらに内側にあります。渡櫓門は戦後に再建されたものですが、高麗門は江戸時代の姿のまま残っているものだそうです

 なおここでプラスチック製の入場票を渡されます。もちろん出るときに返すもので、なくさないようにしなくてはいけません。ちなみに見学は無料です。

同心番所から中之門跡へ

 さて、中は広大なのですが地図を見ながら適当に巡ってみることにしました。ますは大手門から真っ直ぐ進んでいきます。

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 しばらく行くと同心番所があります。警備員の詰め所みたいなものでしょうか。かなり質素な建物です。

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 さらに進んでその先の角を左曲がると...綺麗に四角く切り分けられた巨石を隙間なく積んだ石垣が点在するエリアへ。パズルのように様々なサイズの石を組み合わせてあります。この石垣の上には本来何か建物が建っていたのでしょうか。

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 開けた広場の端っこには細長い建物が建っています。百人番所というそうで、ここも警備用の施設です。本当に百人くらい詰めていてもおかしくない建物です。

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 その百人番所の向かい側はこうなっています。明らかに門があったことを示す石垣の遺構。ここは本丸絵の表玄関、中之門跡です。

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 この中之門を構成していた石垣は江戸城の代表的な石垣らしく、説明にも気合いが入っていました。というのも10年ほど前に大規模な修復が行われたそうです。分解して発掘調査をすることで色々と新しい発見があったようです。

 それにしても相変わらず四角四面できっちりした石組みです。しかもどうやって運んだのか想像がつかないような巨石があちこちに使われています。最大のモノで30トン以上あるとか。江戸時代中期にも修復が行われているようですが、当時の最先端の技術が使われて造られた石垣なのでしょう。ワイルドな野面積みも良いですが、こういうきっちりした石垣も格好良いです。

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 中之門のすぐ内側には大番所があります。ここも警備員の詰め所。しかし同心番所よりも百人番所よりも、本丸に近いだけあって、格がかなり高い番所だったようです。建物の風格も心なしか立派に見えます。

 ちなみにこれらの番所の建物はある程度オリジナルのまま残っているものなのか、近代に復元されたものなのかよく分かりません。看板はマメに立っているのですが、内容が割と適当で重要なことが書かれていないように思います。

中之門から松の廊下跡へ

 さらに進んで本丸跡を目指します。中之門から先は少し山になっていて上り坂が続いています。本丸をぐるっと囲むように歩道がありますが、時計回りをすることにしました。

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 表玄関である中之門から、江戸城中心部への最後の関門、中雀門へ向かう間にも石垣が続いています。しかし中之門でみたような、美しいきっちりした巨石を隙間なく積んだ石垣ではなく、角の丸い石を使った、いくらか原始的な姿の石積みに変わっています。

 江戸城と言えば四角四面に全てが徳川の威光を持って豪華に隙なく作られているかと思っていたのですが、奥に入るほどそうでもないというところが面白いです。

 今回は一人で歩いていたので、それぞれの石垣や遺構について詳しい背景等も不明なまま、ただ見たまま勝手に想像するだけなのですが、様々な姿を見せる石垣一つ見ているだけでも飽きません。

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 本丸跡へようやくたどり着きました。思わずそのまま天守台のほうへ向かいたくなりますが、ここは逆側の木が生い茂る林の方向へ向かいます。その突き当たり、鬱蒼とした雑木林の奥の方にひっそりと姿を見せるのが富士見櫓です。江戸城内で天守台に次いで高い地点に建っているそうで標高は23mだとか。柵で封鎖されており近くまで行くことは出来ません。

 関東大震災で大破したのちに、元の建材を使って修復再建したものだそうですが、ほとんどの建物が失われてしまった江戸城跡において、17世紀の建築当初の姿を残す貴重な三層の櫓です。天守焼失後は、天守代わりに使われていたという話も残っています。

 名前の通り、江戸時代にはこの櫓から富士山から品川の海まで江戸の町を一望できたことでしょう。

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 江戸城と言えば忠臣蔵で有名な松の廊下。今はその跡地には何も残っておらず、こんな看板と石碑がぽつんと建っているだけ。周囲はただの遊歩道に草むらに、巨大なケヤキの木が立ち並んでいるだけです。

 いつこの辺りの建物が失われ、何をどうしてこういう状態になったのかは分かりませんが、なんだか寂しい光景です。まぁ、おかしなものが再建されてしまうよりは良いのかも知れません。兵どもが夢の跡... って言う感じですね。

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 松の廊下の先、薄暗い一画に石室が残っています。説明の看板によると何に使われていたかは判然としないそうですが、位置的に大奥につながっていたと思われることから、貴重な着物や財宝類が保管されていたのではないか?と考えられているそうです。

 それよりも、曲がりなりにも19世紀中頃まで日本の中枢であった江戸城において、こんな立派な施設でありながら、その使用目的が分からない(記録に残っていない?)ことがある、ということの方が興味深いです。

本丸跡から天守台へ

 さらに進んでいよいよ江戸城の中枢部へやってきました。

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 と、そこに広がっているのはこんな芝生の広場。何もありません。寝転んで昼寝する人もいるなど、のんびりしたただの公園の風情です。しかしこの広場こそがかつての江戸城の本丸があり大奥などがあった場所なのです。

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 何か痕跡はないかと歩き回ってみました。午砲台跡という石碑を原っぱの真ん中に見つけました。これは明治以降の時報として使われていた砲台跡です。ということは明治期にはすでにここは原っぱだったのでしょうか。

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 さて、城跡と言えば天守。江戸城にも本丸の北の端に天守台跡があります。と言ってもスロープが昔からあったとは思えず、いったい何が本当の遺構で、何が後から手を加えたものなのかよく分からない姿をしています。

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 残っているこの石垣はオリジナルなのでしょうか? しかし江戸城の天守は二代将軍秀忠の時代に完成し、その直後に明暦の大火で消失したあとは再建されておらず、すでに300年以上にわたって天守"跡"だったわけで、江戸時代のほとんどの間、この石垣がどんな風に使われていたのかが気になります。

 さすがに天守台の石垣は中之門と同様に、17世紀のものとは思えないほど精巧にきっちりと切り分けられた巨石が綺麗に積まれています。石自体も白っぽくて、他であまりみない石材のように思えました。

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 せっかくなので天守台の上に登ってみましょう。そのスロープの途中に江戸城全貌の見取り図がありました。この天守台から南端の富士見櫓まで、現在は芝生の原っぱとなっているエリアは全面に本丸や大奥の建物が建っていたそうです。ダンジョンさながらだったことでしょう。

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 天守台とは言え石垣の高さはあまり高くありません。本丸の一が既に十分な高さを持っているからなのでしょうか。天守台からは周囲に広がる大手町から丸の内のビル街が見渡せます。昔はどんな眺めだったでしょうか。

 さて、天守台の上にはこれと言って見るべきものはありません。なのですぐに降りてきてしまいました。

 ちなみに、ここに五層の巨大な天守を復元するという運動もあるそうです。確かに復元天守を見てみたい気もしますが、他の多くの城のように、明治維新や太平洋戦争で消失したのならいざ知らず、江戸城天守が実在した期間はきわめて短く、しかも遙か昔のことであるわけで、再建するならば本丸のほうなのではないか?という気がします。

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 さて、天守台の石垣は綺麗に切りそろえられたものばかりで、一切の隙を見せていなかったのですが、裏側には、石切の楔跡がそのまま見えてる石が使われていました。あぁ、やっぱりそうなんだ... ということが分かってなんだか嬉しいです(^^;

梅を愛でる

 江戸城内は自然も豊かです。城跡と言えば当然のように桜もたくさんありましたが、さすがに暖冬とは言えまだ堅いつぼみのまま。一方で梅の花は結構咲いていました。

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 これなんか日当たりが良いせいか、もう八分咲きといったところ。青空に映えます。

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 こちらの白い梅もかなり開花が進んでいます。黒バックも似合います。

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 石垣と梅。天守台跡の北東側、平川門の近くにその名も「梅林坂」という梅並木があります。ここの梅並木はとても見応えがあります。見頃はまもなくと思われます。

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 あれ? こっちは桜? ですよね。狂い咲きでしょうか?

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 花以外にも、風情のある竹林などもありました。自然林ではなく大奥の中庭のようなところだったのかもしれません。

祝!スタンプ一個目

 まだまだ見ていないところ、見落としたところもあるとは思いますが、十分に歩き回ったのでここらで江戸城への登城は完了したということにしましょう。

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 ポンッ!と江戸城スタンプを押してみました。ちょっと左にずれてるけど最初にしては上出来でしょう。

 ちなみにスタンプは江戸城跡(皇居東御苑)内にはなく、周辺の三カ所の休憩所にあるそうです。私は大手門から入ってぐるっと時計回りに見学したあと、北桔橋門から出て、北の丸公園内を北上し、日本武道館前にある「北の丸休憩所」でスタンプを押しました。

目指せ百名城コンプリート

 さて、これから先の人生、百名城巡りを旅に出る際のテーマの一つにしたいと思います。きっと10年かそれ以上かかることでしょう。そもそもいつまで続くかわからないし、半分くらいの確立で途中で挫折して何となくやめてしまう気もします。でもそのときはそのときです。一応、自分への戒めとして、このブログに新たに「百名城」カテゴリーを追加しました。

 なお江戸城跡の見学には以下のページが大変役に立ちました。特にPDFで配布されているパンフレットは必携かと思います。
www.syougai.metro.tokyo.jp


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