酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

芝増上寺で徳川将軍家御霊廟にお参りする

 何もすることのない天気の良い休日は、カメラを持って散歩に出かけるのが常となっています。家から歩いて行ける範囲は飽きてきたので、電車に乗って東京の観光地にでも行ってみるかと思い立ち、なぜかやってきたのは芝の増上寺です。浅草寺や寛永寺、回向院などなど、都内には有名なお寺は沢山ありますが、増上寺もそのひとつ。徳川将軍家の菩提寺として歴史もあります。

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 実は何も知らずにフラッと訪れたのですが、この冬の間、土日祝日限定で境内にある徳川家御霊廟が公開されていました。拝観料はたったの500円で絵はがきのおまけ付き。こんなチャンスを逃す手はありません。喜び勇んで入ってみることにしました。

 カメラはPENTAX K-3、レンズは調整から上がってきたばかりのHD DA16-85mm F3.5-5.6ED DC WRです。

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 地下鉄大門駅から、その駅名の由来となった大門をくぐり、日比谷通りを渡ると増上寺があります。正面の三門はかなり大きな建物です。浅草寺の宝蔵門と比べてどっちが大きいだろう?

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 この景色は有名ですよね。広々とした境内の奥にこれまた巨大な本堂。三葉葵のマークがそこかしこに見られます。また立派なしだれ桜が沢山あって、春にはさぞかし壮観なことでしょう。

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 境内北の安国殿横にはカラフルな風車を持った小さなお地蔵さんが、実に1,000体以上ずらっと並んでいます。西向聖観世音菩薩に見守られています。

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 お地蔵さんの列を抜けて安国殿の裏手の方まで入っていくと、ひっそりと徳川家霊廟があります。普段はここまでしか入れませんが、この日はこの青銅製の門の奥へと入れてもらえました。

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 中にはこうした宝塔が八つ、コの字型に並んでいました。この写真は十四代将軍家茂公の正室、皇女和宮さまの宝塔です。もともと天皇家の出身であり、亡くなったのが明治時代ということもあって特に立派な宝塔となったそうです。この宝塔には菊のご紋が入っていました。

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 ここ増上寺に眠る将軍様は二代秀忠公、六代家宣公、七代家継公、九代家重公、十四代家茂公の5人。それに秀忠公の正室お江の方と、写真の和宮さま、そして五代将軍綱吉公の生母桂昌院さまなどが眠っています。

 ちなみに初代将軍家康公は日光東照宮に、三代家光公は日光輪王寺に、十五代将軍慶喜公は谷中霊園に、それ以外の7人は上の寛永寺に葬られています。

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 数年前の大河ドラマになったお江の方と、旦那の秀忠公はひとつの宝塔に眠っています。この宝塔は他と比べると、かなり小ぶりです。

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 というのは、もともと増上寺の徳川家霊廟は、現在のプリンスホテルのある辺りにあって、これらの宝塔は建物の中に納められていたそうです。しかしそれらはすべて戦争で焼けてしまい、残ったのは石造りか、もしくは青銅製の宝塔のみだったとのこと。秀忠公の宝塔は木製であったため、すべて焼けてしまったそうです。その後、現在の位置に霊廟を再建するにあたり、秀忠公は奥さんの宝塔に入れてもらった、ということだそうです。

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 ちなみに、ここに眠るほとんどの人は、土葬されていたそうですが、戦後に現在の霊廟を整備するに当たって、荼毘に付されたそうです。

 それもこれも昭和33年のこと。江戸時代に比べればつい最近の話なんですよね。どんな風に埋葬されていたかとか、背丈はどのくらいだったとか、虫歯があったとかどうだったとか、おおよその顔つきがどうだったとか、色々分かったことがあったようです。

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 運良く、ボランティアのガイドさんの説明を聞くことができました。上に書いたような蘊蓄等々、とても面白い話を沢山聞けました。これは上野の寛永寺にも行ってみなくては!と思ってしまいました。

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 ですが、寛永寺はまたの機会と言うことにして、せっかくここまで来たからにはすぐそこに見えているあそこへ行ってみなくては!ということで、つづく(予定^^;)