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酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

世界最速の耐久レース:F1 2014 第14戦 シンガポールGP

 初開催から7年目にして、もはやF1カレンダー中の名物レースとなりつつあるシンガポールGPが開催されました。その特徴はなんと言っても大都会のど真ん中、公道を使ったナイトレースであるという点。その幻想的な風景はゲームや映画の画面の中で見ていた、空想の世界そのままといった趣です。

 そのショーアップの見事さはさておき、純粋にF1レースという観点で見ると、公道コースの常として、このコースはグリップレベルが低く、コーナーが多い低速のストップ&ゴーなサーキットです。そしてランオフエリアは殆どなく、両側は壁に囲まれており、少しのミスが即クラッシュにつながる、ドライバーにとっては非常に神経を使うコース。シンガポールの暑い気候と相まって、ドライバーは体力をいつも以上に消耗します。

 さらに悪条件は重なり、このコースは平均速度が遅いために、レース時間がF1カレンダー中で最も長くなります。今年も規定周回数に達する前に、2時間の制限時間がやってきました。燃費にもタイヤにもきつく、レースはさながら耐久レースの様相を呈します。

「今年は信頼性が問題」 ニコ・ロズベルグ/メルセデス

 ベルギーの一件以降、すっかり悪役扱いされるようになってしまったロズベルグ。22ポイントリードで迎えた今回のレースでしたが、ライバルのハミルトンは優勝した上に、自身はノーポイントという最悪の結果となり、一気に逆転を許してしまいました。

 それでも救いがあるとすれば、表彰台でブーイングを聞かずに済んだこと... ではなくて、今回の結果は、自分がミスしたわけでもなく、ましてや直接対決で負けたわけではないことです。クラッチの制御が出来ず、グリッドを離れることすら出来ないマシンでは、ドライバーはどうすることも出来ません。

 ピットから何とかスタートすることは出来たものの、電気系はことごとくやられ、無線も通じず、回生パワーもないマシンでは、ケータハムさえも抜くことが出来ません。そしてタイヤ交換のためにピットインしたら最後、再び走り出すことは出来ませんでした。この抜きにくいサーキットの特性を考えれば、仮にマシンが復活できたとしても、ポイントは絶望的だったかもしれません。

 最近のF1マシンは市販車と同じように電装システムの塊です。前回イタリアGPでアロンソのマシンは、ステアリングのディスプレイがパチンと消えるとともに、エンジンもストップし、もはやクルマとして機能しなくなりました。ロズベルグのマシンも今回、ピットの中でコンピュータが再起動し、メルセデスのロゴがディスプレイに表示されるている様子が見られました。そしてパドルをいくら操作してもマシンは何も反応はありません。F1マシンもステアリングはすでにスイッチとボタンの塊でしかないのです。

 エンジンが火を噴くとか、ブレーキが破損すると言ったような、どちらかというとレーシングマシンらしい原始的なトラブルに見舞われ続けたハミルトンに対し、ロズベルグに降りかかった電装システムのトラブルは、より根が深く致命的な気がします。もちろんどちらも結果に与える影響は甚大なのは同じです。

 逆転されたと言ってもポイント差はわずか2ポイント。バカバカしいと思えた最終戦のダブルポイント制度は、意外に大きななどラマを産んだりして?と期待が高まってきます。

「最後までタイヤを使い続けるのは大変だった」 セバスチャン・ベッテル/レッドブル

 14戦目にして今期初めての2位表彰台に上った4年連続チャンピオン。遅ればせながら復活の予兆は見えてきたのでしょうか? 今回はプライムタイヤとオプションタイヤのタイム差が2秒以上あると言うことで、基本的にはオプションタイヤを短いスティントでつないで行くのが常套手段。しかしその予定通りの作戦を遂行できたのは、トップを行くハミルトンだけでした。レースの折り返し地点を過ぎたばかりの32週目に導入されたセーフティカーにより、2位以下のドライバー達の作戦は変更を余儀なくされます。

 少し前に誰よりも早くプライムタイヤに履き替えていたベッテルは、後を追ってくるリカルドとアロンソが、セーフティカーが入ったタイミングでプライムに換えたことによって、その後予定していたタイヤ交換が出来なくなってしまいます。無線で「そんなの無理!」と叫んだベッテルも、結局はやらざるを得なくなります。

 果たしてベッテル、リカルド、アロンソによる20周以上におよぶタイヤ交換なしの耐久レース... というか我慢比べの表彰台争いが展開されます。ベッテルに幸いなことにここは抜きにくいコース特性。一番古いタイヤで不利なベッテルも、ミスをせず、かつタイヤを完全に破壊しなければ、ラップペースが遅くなっても後を何とか抑えきることが出来ました。

 メルセデスの伝家の宝刀である排気回生パワーがあまり効かないこのサーキットは、今でも随一のコーナリングマシンであるレッドブルが力を見せるかと思われましたが、万全のマシンでノリノリのハミルトンには太刀打ちできませんでした。

 10周そこそこしか使わない予定だったプライムタイヤで、30周以上を走りポジションを守り切るという、難しい仕事もやり遂げ、その上やられっぱなしだったリカルドにも勝ったのですから、ベッテル的にもそれなりに満足のいくレースだったのでは無いかと思います。

「危険なのでマシンを止めることを決めた」 小林可夢偉/ケータハム

 このあっさりとした、ただ状況を説明しているだけのようなコメントには、その奥に多くの意味を含んでいます。まず一つはこのコメントのつながる前段の文脈として「無線でチームにどうしたら良いかアドバイスを求めたが返事がなかった」と言っています。たまたまなのかも知れませんし、返事をする間もなく事態が進行した、と言うことなのかも知れません。

 さらにコメントを遡ると、異常が発生した経緯として「パワーがなくなり、何かが焦げるにおいがして、煙が出て、さらにブレーキが利かなくなった」と彼は話しています。ハンガリーGPの予選でマシンから火が出たときのハミルトンも「止めたくてもブレーキが利かず空走を続けた」と話していました。

 上でも少し触れた高度に電装化された現代のF1マシンは、ブレーキもバイ・ワイヤになっています。だから電気系が落ちると即ブレーキが利かなくなる... というような単純な話では無いと思いますが、そういう故障モードがあると言うことが、なかなか怖い話だと思います。

 結局可夢偉はチームが無線に応答しない中、ブレーキが利かないという状況に至り、独自の判断でマシンを止めました。それも直後に迫るレーススタートに影響のおよばないエスケープゾーンにマシンを持って行くという丁寧さです。

 今回のレースからチームからドライバーへの無線内容に制限が加わっていますが、安全に関わることは規制の対象外です。まさかチームがそんなことを気にしたとは思えません。ドライバーからの緊急の報告に返事も出来ないほど、ケータハムチームは機能不全に陥っていると言うことなのでしょうか。また、そうした事情をドライバーがインタビューで話すと言うことが、可夢偉がすでにチームを見限っていることの表れのようにも思えてきてしまいます。

 そうは言ってもレースが出来ないのは残念でした。今年のグリッド上で最悪のマシン、最悪のチームであっても、それでもチームメイトより数秒速く、マルシアも1台は確実に食う走りをすることは、次のシーズンへ希望の糸をつなぐことに他なりませんから。

 次戦はいよいよ日本GPが、2週間後にF1が鈴鹿にやってきます。今年もまた、現地まで観戦に行く予定です。鈴鹿はレッドブルのためにあるようなコースですが、やはり今年はメルセデスが強いのでしょう。そして、可夢偉はシートに座ることが出来るのか?座ることが出来たとして、そのマシンはちゃんと走るのか? じっくりと鈴鹿の空気を堪能してこようと思います。