酔人日月抄

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世界から切り離された小さな町の正気と狂気:アンダー・ザ・ドーム/スティーヴン・キング

アンダー・ザ・ドーム 1 (文春文庫)

アンダー・ザ・ドーム 1 (文春文庫)

ある晴れた日、田舎町チェスターズミルは透明の障壁によって外部から遮断された。上方は高空に達し、下方は地下深くまで及び、空気と水とをわずかに通す壁。2000人の町民は、脱出不能、破壊不能、原因不明の“ドーム”に幽閉されてしまった…。スピルバーグのプロダクションでTV化。恐怖の帝王の新たなる代表作。全4巻。

 久々のスティーヴン・キング作品です。500ページ級の文庫本4冊にわたる超長編ですが、キング作品としては驚くほどではありません。もっと長い作品は過去にもたくさんありました。

 本作をなるべく短くまとめるなら、タイトルにも書いたとおり「"ドーム"によって世界と切り離された田舎町で起こる人間社会の狂気と恐怖の物語」とでもなるでしょうか。無色透明にして厚みもなく、ミサイルやどんな化学薬品を持ってしても壊すことの出来ない"ドーム"にすっぽりと覆われた町。人口2,000人あまりの、お互いにほとんど顔を見知っているような「小さな田舎町」では、その後何が起こるのでしょうか?

 そもそも「ドーム」とはいったい何なのか? テロリストの仕業、軍および政府が極秘に進めていた新兵器の実験、地球外の生命体が造ったもの、あるいは神の意志なのか? "ドーム"の発生原因を突き止め、中に閉じ込められた人々を開放すべく奮闘する人々の物語... かと思ったら、実はそうでもありません。数々の過去のキング作品と同様に、不条理で非科学的な"ドーム"の正体そのものは実はどうでも良くて、そういったあり得ないものに出会ったときの人々の姿、世界から孤立した小さな町で起こることが主要なストーリーの軸であり、"ドーム"が突然現れるというお伽話的な設定の一方で、そんなあり得ない状態に置かれた人間の姿が非常にリアリティを持って描かれています。

 安全で平和な世界から孤立すると言うこと。そこで今後起こるべきこと、そして自分の置かれた立場を人々は次第に意識し始めます。電気、燃料、水、食料はいつまで持つのか? 医療、治安、防災はどのようにして維持しなくてはならないのか?

 謎の"ドーム"が出現して時間が経つに従って、その中に閉じ込められた空気は、温室効果で気温が上がり、有毒なガスが次第に蓄積され、人々はこれが一時のことであるという希望を失っていくとともに、「小さな町」の共同体も急速に変質を始めていきます。もちろん、悪い方向へ。知恵ある文明人などは幻想であると言わんばかりに。孤立したコミュニティに起こるであろう出来事をキング流に頭の中でシミュレーションしてみた、と言ったところでしょうか。

 キング作品にはウィリアム・ゴールディング作の「蝿の王」に対するオマージュが良く出てきます。今作でも引用されています。

「豚ヲ殺セ。喉ヲ切レ。殴リ倒セ」ペニーは小説内の一説を、詠唱めいた口調でとなえた。「ふつう人々はよく警官のことを豚呼ばわりする。でも、僕の考えてることを教えてあげようか? このごたごたが長引けば、警官たちはきっと豚を見つけ出すと思うな。たぶん、警官たちも怯えているからだろうけど」

 無人島に取り残された少年たちのサバイバルの代わりに、"ドーム"で切り離された小さな田舎町のサバイバルという設定を重ね合わせると、この小説はキングに手による「蝿の王」と言えるのかも知れません。「蝿の王」では純粋な少年たちの社会が原始化していくのに対し、汚れきった大人たちによる社会は腐敗の一途を辿ります。現代人の知恵にをもって、みんなでことの解決に当たる... なんてことは(キングの世界では)幻想にすぎません。

 野心を持った人間が、人心を掌握するために必要とするもの。それが「豚」であることは、70年前はおろか5,000年前から変わっていません。そこに豚がいる、その豚を殺せと一人が叫び、みんなが次第に同調していく。人々を動かすには敵を明確に示す必要があり、そのためには手段を厭わない。なぜなら目的が正しいのだから。あまりにリアルで寒気がしてくるほどです。

 それにしても、共和党と民主党、大統領選挙、ドラッグ問題、ハロウィン、イラク戦争などなど。物語のあちこちに出てくるエピソードはアメリカならではのものばかり。当たり前ですが「ここは小さな町だから」と言う感覚も含め、キング作品の多くはアメリカ人にしか分からない空気感を持っているのだろうと思います。

 その辺の物語の背景に流れるアメリカ的なものが理解できないせいか、2冊目までは次々に悪いことが起こり、希望が見えない中で読み進めるのが少しつらくなってペースが落ちたこともあったのですが、3巻に取りかかった頃には次々に起こるドラマの展開の速さにすっかりとのめり込み、あっという間に最後まで読み切りました。

いっておけば「ドーム」は消えることはない。わたしもきみも、そんなことは百も承知ではないのかね。軍がそなえる最大クラスの原子爆弾を投下して、周辺の町を今後二百年は住めない状態にし、チェスターズミルの町民全員を放射線で殺したところで −放射線が「ドーム」を通過すると仮定しての話だが− それでも「ドーム」が消えることはない。なぜなら、ドームは神の意志だからだ

 当初はそれこそ勧善懲悪のシンプルの物語のようにも思っていました。幾多困難と試練を乗り越えて、いつかはきっとドームは破壊され、正義は勝ち、悪事は暴かれ、裁きを受けるはず。いくつかの犠牲は払うことになっても、全体としてと最後はすべて良い方向へ決着する... と。

 なぜならドームの存在が神の意志であるとするならば、それを作った神はその結果に責任を持つために、正しい者の味方をするはずだから。

 しかしキングがそんな単純な話を書くはずはありませんでした。預言されたことはすでに決まっていることで防ぎようがないと。オチはハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、判断がつきません。

【お気に入り度:★★★★☆】

アンダー・ザ・ドーム 2 (文春文庫)

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アンダー・ザ・ドーム 3 (文春文庫)

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アンダー・ザ・ドーム 4 (文春文庫)

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