酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

2013年F1第13戦 シンガポールGP

 夏のヨーロッパラウンドが終わり、いよいよ終盤戦、F1は再びアジアへとやってきます。その後半アジアラウンドの初戦は、世界有数の大都市のど真ん中で開かれる、市街地のナイトレース、シンガポールGPです。きらめく夜景の中に煌々とした明かりに照らされたコース、そこを駆け抜けるF1の姿は、まさにゲームの中のCGのようです。

 過去にはシンガポール・ゲートなどF1らしいきな臭い事件もありましたが、その美しいナイトレースの風景は、もはやF1秋の風物詩となり、なくてはならないレースの一つだと思います。

「強いレース・ペースがあった」セバスチャン・ベッテル/レッドブル

 かなり控えめに言ってこのコメント通りかと思います。見ていた限りの感想を言えば、近年まれに見る完璧な逃げ切り圧勝のレースだったと言えるでしょう。彼はおそらく、後続のドライバーに一度もDRSを使わせることがなかったのではないかと思います。

 スタートでのロズベルグとのバトルも見事でしたし、その後の圧倒的なペースには誰もついて行けません。セーフティカーが入って、築いたギャップをすべて失ってもステイアウトし、リスタート後もあっという間に余裕を持ってピットインできるだけのギャップを再び軽々と作り出します。メルセデスが蓋をしてくれたという幸運もあったとは思いますが、その絶対的な速さと完璧な安定性と集中力は見事で、彼のキャリアの中でも特にずば抜けた独走レースだったと思います。

 いかに素晴らしいマシンを持っているにしても、しっかりとその能力を使い切り、理想的な作戦を繰り返し繰り返し遂行する能力は並大抵のものではありません。もちろん彼はその素晴らしいマシンをお金を出して買ったわけではなく、下積み時代から実力で這い上がってきたことはF1ファンの誰もが見てきたはずです。ニューウェイの素晴らしい作品に乗る権利を得たのもまた実力によるものです。そうでなければ、チームメイトのサポートもなく(むしろ敵対しながら)4年連続チャンピオンに手が届くところまでやってこられるわけがありません。

 なのに彼はいつの頃からか優勝してもブーイングを受けるようになってしまいました。しかしここはモンツァやスペインではありません。ドライバー的にもチーム的にも、スポンサーの面からもほぼ中立なはずのシンガポールでブーイング? トップドライバーとしてアロンソやライコネンのような魅力に薄いというのは事実です。でも、今コース上で一番速いのはベッテルなのは間違いがなく、その絶対的な勝者に対してブーイングを浴びせることが健全なことなのでしょうか?せめて日本ではこういうことはないだろうと信じています。

「今日の2位は僕らにとって優勝のようなものだ」 フェルナンド・アロンソ/フェラーリ

 今回のレースでは、事実上のポジション争いはベッテルを除く2位以下で繰り広げられていたと考えれば、確かに2位は望みうる最高の結果という意味でほぼ優勝に等しいと言えます。スタートで飛び出した後は3位で膠着していましたが、 セーフティカー導入時に、タイヤ交換を行ったアロンソに対し、前を塞ぐロズベルグがベッテルと同じくステイアウトした時点で、勝負は決しました。いや、その後残りの長いスティントを一つのタイヤで走りきったと言うことが、アロンソとフェラーリチームにこの成績を最終的にもたらしたとも言えるのでしょう。

 ここ数戦、2位という結果はアロンソの定位置となりつつあります。それが現実的に「望みうる最高の結果」だとしても、ポイント争いではどんどんとベッテルに離されていってることに変わりはありません。しかしそろそろ本音のところではアロンソも今年のチャンピオン獲得はほぼ諦めてきたのではないかと思います。もはやマシン開発や作戦ではどうにもなりませんが、自分には幸運が、そしてベッテルには不運が襲いかかれば、数字の上ではまだ勝負は決していません。そういう意味では「諦めない」と言い続けるのは、ランキング2位にいるドライバーの義務ではあります。

 アロンソに関してはレース終了後のパレードラップで、リタイアしたウェバーをマシンのサイドポンツーンに乗せてパドックへ帰ってきたことが物議を醸し出しています。確かに昔は時折見かけた、微笑ましくも懐かしい光景です。そうか、この二人はこれほど仲が良かったのか?という驚きもありました。しかし、冷静に考えると、やはり現代F1にはこれは似合わないものだとも思います。今シーズンもマーシャルに死者を出しているF1では「安全」は絶対であり、こういうことはいかにファンが喜んだとしてももはや許されない、という理を通すべきだと思います。

 そもそもレースはドライバーの命を危険にさらしているとしても、レーシング行為に関係のないところでわざわざ危険を冒す必要はありません。F1の安全性向上のために多く犠牲を払い、多くの人が働いて努力をしてきました。「レースコントロールが指示しない限り、トラックに立ち入ってはいけない」という基本的なルールに例外を作ってはいけないのだと思います。

「表彰台フィニッシュはよい結果だ」 キミ・ライコネン/ロータス

 13番グリッドからスタートして、10個もポジションを上げたのだから、当然良い結果だったに決まっています。実はレースを見る前にこの結果だけは知っていたのですが、果たしてそれをどうやって成し遂げたのか?という点に興味を持ってレースを見ていました。しかし特別スタートが良かったわけでもなく、セーフティカー導入時に(そう、シンガポール・ゲート事件のように)運良く大きなアドバンテージを得たわけでもなく、何かが取り憑いたようにオーバーテイクショーを見せたわけでもなく、実に堅実で地味なレース内容に思えました。

 しかし決定的だったのはアロンソ同様に、セーフティーカー導入時にすかさずタイヤを替えたうえ、そのタイヤで最後までレースペースを維持したまま走りきったことです。ステイアウトしたメルセデス勢やウェバーは、レース再開後、ベッテルのように逃げることが出来ずタイヤ交換のために大幅にポジションを下げてしまい、ライコネンやアロンソと同じ作戦をとったはずのマクラーレンの2台は、最後までタイヤを持たせることが出来ませんでした。そうして自力でポイント圏内までは上がってきていたライコネンは、一気にメルセデス2台、ウェバー、そしてマクラーレン2台を抜き去り、3位まで上がったというわけです。

 タイヤを長持ちさせて他を出し抜くという作戦は、今シーズンのロータス+ライコネンの十八番です。ある意味その定番の作戦を使っただけと言えそうです。しかしライコネンがやりたいのはこういうレースではないのかもしれません。我慢をして耐久レースのような走りによってやっと表彰台を得るというのは、確かに彼らしいスタイルとは思えません。神がかったような速さを見せて圧勝するとか、奇跡のような逆転劇を見せるとか、あるいは完走できるのかどうかギリギリの綱渡りをして勝つ、みたいな危うい速さこそがライコネンらしいスタイルではないかと、勝手に思ってしまいます。

 昔のようなキレた速さが赤いマシンに乗ることで来年は戻ってくるならいいのですが、ドロドロの政治に巻き込まれることこそ、最も彼に似合わない姿なわけで、そういう意味でなんだかちょっと心配でもあります。

 次回は2週間後に韓国GPが行われます。例年鈴鹿の後だったのですが、今回は先に韓国となりました。その翌週はいよいよ鈴鹿の日本GPです!