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酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

変わるものと変わらないもの:若様組まいる/畠中恵

読書 畠中恵

若様組まいる (講談社文庫)

若様組まいる (講談社文庫)

明治二十三年、ミナこと皆川真次郎は西洋菓子店を開いた。店には、旧幕臣の「若様組」の面々や、女学校に通うお嬢様・沙羅が甘い菓子と安らぎを求めてやってきた。その少し前――。徳川の世であれば、「若殿様」と呼ばれていたはずの旧幕臣の子息・長瀬とその友人は、暮らしのために巡査になることを決意。今は芝愛宕の巡査教習所で訓練を受けていた。ピストル強盗の噂が絶えない物騒な昨今、教習所でも銃に絡む事件が起きた。若様組の他、薩摩出身者、直参で徳川について静岡に行った士族たち、商家の子息たち、さまざまな生徒に、何やら胡散臭い所長や教員を巻き込んで、犯人捜しが始まる。大好評『アイスクリン強し』の前日譚。

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 「しゃばけ」シリーズで有名な畠中恵さんによる小説です。時代物ファンタジー&コメディーを書かせたら右に出るものがいない畠中恵さんですが、どうやらこの本は江戸時代を舞台にしたものではなく、明治中期の物語とのこと。しかしタイトルからも伺えるように、どうやら明治維新と共に禄と刀と身分を失った元武士たちが描かれているらしく、本屋さんで手に取り、表紙と裏表紙を眺めただけで、俄然興味をかき立てられました。そうでなくても畠中作品の新刊と言うだけで読まずにはいられないわけですが、明治時代に展開する畠中ワールドには、普段の何倍も期待を膨らませて読み初めました。

 ですが・・・、結論をいきなり書いてしまうと、かなり期待外れでした。

 雲をつかもうと手を伸ばした子供時代の長瀬の回想から始まる序章には、グッと引きつけられ、余韻たっぷりに盛り上がります。

走って、走って、全速力で前のめりに行けば、いつか雲の立ち上がる場所にまで、行き着く事が出来るかもしれないではないか。そう友に言ったら、馬鹿な奴と、明るい声で笑われた。そして友らは、その遠い場所まで一緒に行きたいもんだとも言ったのだ。

 こうして突入する本編ですが、若様組が寂れた旗本屋敷街の街角に集まって、重大な決断をする出だしのシーンからして、早くも違和感を感じ、どうにもしっくり来ません。その後いくつかのミステリーが折り重なりますが、それすらもポイントをつかめないまま気がついたら、ページは半分以上すぎています。そのまま結末もよく分からないままに終わってしまった... というのが偽らざる感想です。手を伸ばしてつかもうとしても、絶対につかむことが出来ない「雲の立ち上がる場所」とは何だったのか? 遠い場所ってまさかここのことなの??と、モヤモヤした気持ちだけが残ります。

 明治維新から既に20年も経った明治中期。建前の上では身分が平等となったとはいえ、それぞれ維新を経験していない明治生まれの若者達と言えども、己の出自という重荷を背負い、それに支配され続けています。薩摩や長州の官軍出身者はもちろん勝ち組です。根っからの町民や商人、特に明治になって成り上がった人々も勝ち組ですがどこかやはり蔑まれています。それに対し出だしから負け組としてハンディを背負っているのは、元徳川方の旗本出身者。その中でも江戸に残ったものと、静岡へ徳川に従って落ち延びていったものの差が歴然とあるということに、如何に明治という時代が複雑でむずかしいものだったか、改めて気づかされます。

 そう、長い間に社会に染みついた「身分」という考え方は、法律を変え、社会の仕組みを変えたからと言ってすぐに消え去るものでないことは、明治維新から150年以上が過ぎた現代に生きる私たちにでさえ、容易に想像が付きます。そんなとても面白い背景設定、プロットを持っていながらも、それが何となく私にとっては未消化のまま終わってしまいました。

 ミステリー仕立てなのも畠中作品の定石ですし、人物像もいかにもという人たちばかり。しかし巻頭に登場人物一覧が用意されているように、非常に多くの人が登場するが故か、それぞれ個々の印象が均等に薄まってしまったようにも思えます。園山薫が強烈なキャラクターを持っている一方で、主人公たる長瀬健吾からしてどうにもつかみ所がありません。そして肝心の「若様組」八人となると、もう誰が誰だか分からなくなってしまいます。
 
 この登場人物たちの人物像を早い段階でつかみ損ねたことが、こういう感想を生んだ原因だと思います。これは相性が悪かったのだと思うしかありません。あるいは、勝手に期待を膨らませすぎた故か。もしかしたら、読み始めたのがイタリア出張中だったのがいけなかったのかもしれません。

 引用した紹介文にもあるとおり、本作より前に「アイスクリン強し」というタイトルの小説が発行されており、こちらにも若様たちは登場するらしく、一応連作のような形になっているそうです。しかしこの本を読んで、こういう感想を持ってしまったからには、ちょっとすぐには読んでみたいという気が起きません。これが今後、畠中作品全体にそういう見方をしてしまいそうで、それが実は一番怖いところです。早いうちにリハビリしたほうがいいかも。

 最近はあまり冒険せず、好きな作家さんの作品ばかり読んでいたこともあって、相性が悪くて楽しめない小説に出会うことがほとんどなかったので、ちょっとショックを受けています。

 【お気に入り度:★☆☆☆☆】