酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

西南の嵐

西南の嵐: 銀座開化おもかげ草紙 (新潮文庫)

西南の嵐: 銀座開化おもかげ草紙 (新潮文庫)

熊本、秋月、萩、次々と士族による乱が起こる。銀座に棲むサムライ・久保田宗八郎は西から吹く風に男たちの絶望のにおいを嗅いだ。そして西南戦争が勃発。友たる市来巡査も複雑な心境を抱え出征してゆく。ご一新から九年、命の捨てどころを探し続けた宗八郎。ふたりの女からひたむきな愛を受け取り、悪鬼羅刹の如き宿敵との対決に赴く。傑作の誉れ高き三部作、熱涙溢れる完結篇。

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 上に引用した内容紹介では「銀座開花おもかげ草紙」シリーズ三部作の完結編となっていますが、実際にはこの物語は「幕末あどれさん」から始まってるので、シリーズ第四巻と言った方が正しいと思います。タイトルからもわかるとおり、今作の時代背景にあるのは西南戦争です。幕末の訪れと共に始まった久保田宗八郎の戦いは、西南戦争と共に終わりを迎えることになります。そういう意味では、このシリーズはまさに明治維新そのものの物語でもあります。

 幕末において京都での騒乱、政争は江戸からすれば遠い対岸のさらに向こうの話であったように、西南戦争も東京と名を変えた都会から見れば、遠く離れた外国の戦争の話のようでした。今のように情報伝達網がなかった時代のこと、戦争の状況はなかなか伝わってきません。でもこの戦争によって確実に国が揺れ動いていることが、銀座のど真ん中で感じられた時代の空気が、見事にこの小説に表れています。

 西南戦争の勃発を目前にして宗八郎はこんなことを思います。

正義とは常にあやふやで、だからこそ、錦の御旗なるいかがわしいものが思わぬ威力を発揮することにもなったのだろう、と、宗八郎はやや皮肉な見方をしている。かつての逆賊、徳川の家臣としては、今や逆賊とされた西郷に多少の同情を禁じ得ないふしもあった。

 戊辰戦争と西南戦争の違いはいったい何なのか? 戦争に正義なんてものは存在するのか? 10年も経たずに繰り返される権力争いの内戦に、宗八郎のようにうんざりとして冷めた皮肉な目を向けていた人も多かったはずです。

 それにしても「銀座開花おもかげ草紙」というシリーズ名からは、何となく明るくて暖かい物語を想像してしまいます。確かに元大名家の跡継ぎ、元町方役人、蘭方医の娘などなど、多くの人々が維新を契機に生き方を変え、生まれ変わり、新しい時代を生きていく方法を模索する前向きな姿と、それら多くの人々によって作り出された最先端の街、銀座の賑わいと日本の未来への夢、活力あふれる様子も描かれてはいます。

 しかしその一方で、この小説が本当にスポットライトを当てているのは、それらあまりにも急激で強引な変化によって引き起こされる社会の歪みの醜悪さと、その歪みに押しつぶされて理不尽にも消えていく古来の日本人の姿であり、銀座という街におけるそれら陽と陰のコントラストがあまりにも激しくて、読むのがつらく感じられるほどの、非常に悲しい物語なのです。

 明治維新とそれによる文明開化が日本にもたらしたものを、この小説の中で松井今朝子さんはずばりと言い当てています。

ひとたび動きだした蒸気車はもうだれにも止められない。黒い鉄のかたまりが力強く前へ前へと牽引して、乗せられた人びとはもう降りることもできず、遠い彼方に連れ去られてゆく。これぞまさしく文明開化の徴だ。豪華な客車にふんぞり返って座る男たちも、後部の車両でひしめき合う男たちも、共に戦地に駆り立てられて、自らの運を神の手にゆだねるしかないのだった。

 歴史小説であり、サスペンスであり、恋愛小説でもあり。色々な側面を持つ奥の深い物語です。それらがごちゃ混ぜになってハードボイルドな結末を迎えるわけですが、終盤に急激にドラマが展開するあたりは、これまでの三作と同様で、読み進めていてインパクトと感動のあまり久しぶりに本を読んで鳥肌が立つ感覚を味わいました。そう、意外かもしれませんが、この明治維新の暗部を描いたこの物語において、特に恋愛小説としての側面は最も重要であり、この小説にぐっと厚みをもたらしています。

 能勢と佐登、宗八郎と比呂。そして綾。これらの男と女の物語は根源的なものであり、完結編である今作に至って、これが一番重要なプロットであったことを思い知らされます。維新だ戦争だといっても結局は人間のすること。人間とはとどのつまり男と女なのですから。しかし女はうまく時代に適応し自分の人生を見つけますが、男は落ちこぼれていくばかりです。

 さて、久保田宗八郎の戦いはいかにして終結するのか。まやかしの新政府とそれによって作られる新しい日本に見切りをつけて、彼はどこへ行くのでしょうか?

「久保田さん、もう止さねえか。神のお裁きはちゃんと下ったぜ」

 キリスト教徒となった元町方与力のこの台詞も、明治初期の日本の混沌を象徴しているかのようです。

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