酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

鼠、剣を磨く

鼠、剣を磨く (角川文庫)

鼠、剣を磨く (角川文庫)

次郎吉の目前で娘が腕を斬られた。娘は峰といい、奉公先の主人と通じ、その妻の恨みをかって襲われたのだった。峰の父は、娘の不貞に激怒するが、浪人暮らしの父を思い手当てをもらっていたことを知り、言葉を失う。そして、一度は断った「ある仕事」を引き受ける決意をした。それは、武士としてのプライドを捨てるものだったが…。

Amazon.co.jp: 鼠、剣を磨く (角川文庫): 赤川 次郎, 宇野 信哉: 本

 昨年後半に立て続けに文庫化されて発売された鼠シリーズの第五巻。これでとりあえず現時点での単行本最新作まで追いついたようです。この「鼠」シリーズは深いことを考えずに存分にその世界を楽しむことが出来る、とても良質な娯楽時代小説です。

 表題作を含め、今作も六話が収められた短編集形式で、どれも"鼠"こと次郎吉が解決に奔走し活躍する数々の事件とその顛末の物語りです。今作でもやはり武士が絡んだ事件が多くて、純粋な町人物は一話だけでした。それについて前作の感想文では、少し疑問を感じた旨書きましたが、よく考えてみれば"鼠"の仕事場は武家なわけですから、これで良いんだと気がつきました。というのも久々に"鼠"が仕事をして見せてくれるのです。

 少ない言葉で多くを説明しすぎず、逆に多くの台詞で構成される文章は、とてもキレとリズムが良くて独特の読み味です。締めの一文、一台詞がとても印象的で、きれいな落ちがついていたりするところも含め、全体的に"鼠"の暮らす江戸の情景が想像しやすく映像的でもあります。

 もちろんストーリー展開もとても面白く、グイグイと読者を引っ張っていく力みたいなものが感じられます。それもあって、六話でわずか250ページという文庫本を読み切るのに、片道20分程度の通勤時間だけでもあっという間に読了してしまいました。なんだかちょっと物足りないくらいです。いや、山あり谷ありの大河ドラマにならなず、くどくどとした微に入り細に入り説明せず、さっさと片付けるところが"鼠"らしいわけで、その辺はさっぱりとして気風の良い江戸っ子らしさでもあるのでしょう。

 いずれにしても今作に収められた六話はどれも粒ぞろい。第四巻「鼠、夜に賭ける」や、第三巻「鼠、影を断つ」で少しだけ感じたような、難解さやモヤモヤ感はまったくありません。どれもスッと"鼠"の暮らす世界へと入り込み、展開に驚き、時に涙し、落ちに納得して満足するのです。

 そんな甲乙付けがたい今作中の六話の中では、第三話「鼠、天狗と坊主と因縁を結ぶ」が一番印象に残りました。これは奇しくも唯一の町人物でもあります。あちこちで使い古されたプロットだし、公兵衛がどうして清介を見つけ出したのか?とか、種明かしにどうも不明な点もあるのですが、そんなことはどうでも良いと思えるほど良質な物語りです。あとは僅差で第六話「鼠、大水に走る」もなかなか良かったです。江戸は火事と同じくらい水害にも悩まされてきた街です。江戸の水害が庶民達の生活に引き起こす様々な出来事を扱うと同時に、"鼠"も本職の本領を発揮。どうしようもない殿様も良い味を出していますし、最後の落ちには素直に笑えます。

 さて、第五巻に至って次郎吉と千草先生の関係もだんだんと盛り上がってきました。"鼠"が所帯を持つとかまったく考えられませんが、どうなっていくのでしょうか? 家庭的なアンチヒーローというのも良いかもしれません。遊び人でダメ人間な次郎吉ならそれもありかも。それと同時に次郎吉の正体がなんだかだんだんと公然の秘密になりつつあるのが気になります。ということで、第六巻が楽しみです。

 【お気に入り度:★★★★★】