酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

口は禍いの門

口は禍いの門  町医北村宗哲 (角川文庫)

口は禍いの門 町医北村宗哲 (角川文庫)

病気を治す腕は一流、厄介事を解決する知恵も一流、宗哲の医院は今日も大繁盛だ。今村芳生なる蘭方医が宗哲のもとを訪れ、“本道(内科)に限っては官医に蘭方を禁ずる”という幕府の達しに、激しく不満を述べた。宗哲が相手にしないとみると、漢方医で将軍家御匙の楽真院と老中首座に直談判に行く始末。辟易した楽真院から、今村の口を封じられないか、と相談を受けた宗哲だったが…。人情の機微に触れるシリーズ第3弾。

Amazon.co.jp: 口は禍いの門 町医北村宗哲 (角川文庫): 佐藤 雅美, 宇野 信哉: 本

 佐藤雅美さんによる「町医北村宗哲」シリーズの文庫最新刊です。このシリーズは、もうかなり長いこと読んでる気がしていたのですが、なんことれでようやく第三巻目でした。「居眠り紋蔵」シリーズ含め、佐藤さんの作品は相変わらず発刊ペースはゆっくりなようです。

 副題にある通り、主人公は北村宗哲という名の町医者です。江戸時代、医者は免許制度も何もなく、名乗れば誰でも開業できるものだったそうです。なので、まったく医学を勉強したことのない生粋の「薮医者」というのも居たそうですが、北村宗哲はもちろんそうではなく、一流の教育を受けたちゃんとした医者です。ということで、これは時代物医療ドラマなのかと思えば... 実はそうではありません。

 貧しい人々を病から救う医者の感動ドラマというのではなく、むしろ非常にドライというかハードボイルドな面が強いのです。善と悪は紙一重みたいな緊張感、綺麗事では世は回らぬという現実主義。挙句の果てには宗哲は裏社会(と言っても、当時はそれほど「裏」では無かったわけですが)とつながっていると言うのだから、これは青臭い理想主義を唱えるドラマではありません。むしろその逆。

 北村宗哲は医療を学んだエリートであると同時に、任侠の世界へ道を踏み外したことのある闇社会に通じる人間。そういえばそのあたりの経緯は第一巻や第二巻で読んだ気がします。つまり、このシリーズは医療ものでありながら、同時にヤクザものであるという、非常に風変わりな設定の小説なのです。

 特に今作はそういう傾向が強くて、大きく二つあるストーリーの柱のうち、一つはヤクザ同士の縄張り争いにあります。ヤクザと言っても絵に書いたような極悪人ではなく、彼らなりに必要悪の存在として社会に寄生するなかで、それでも同業者同士の勢力争いと言うものは避けて通れない生存をかけた戦いです。しかもそこに医者が関わるというミスマッチ。しかし不思議と血なまぐさくないのは、佐藤雅美さんによる淡々とした文章のおかげでしょうか。

 そしてもう一つの柱が漢方と蘭方の戦い。これが表題作の「口は禍いの門」となっています。いや、戦いというのはおかしいのですが、折しも日本にちょうど西洋医学が浸透し始めたころのこと。古くて遅れた日本の医療に、進んだ西洋技術が入ってきて医療革命、医療維新が起きた、と捉えがちですが、佐藤雅美さんの手にかかれば、そんな最先端の蘭方医も形無しです。

 非常に緻密な時代考証、徹底した資料主義によって、一般に明治維新のヒーローとされている人たちをも痛烈にこき下ろす佐藤さんの論説はここでも健在です。どんなに新しい知識、技術を得ようとも、歴史や文化を理解しない人間には使いこなせない、ということでしょう。なかなか痛快な物語でした。

 【お気に入り度:★★★☆☆】