春の珍事

投稿者: | 2012年12月6日

春の珍事 (ハルキ文庫 さ 8-38 時代小説文庫 鎌倉河岸捕物控 21の巻)

春の珍事 (ハルキ文庫 さ 8-38 時代小説文庫 鎌倉河岸捕物控 21の巻)

桜の季節を迎えた江戸。金座裏では宗五郎一家の飼い猫・菊小僧が姿をくらます騒ぎが起きていた。そんな最中、今度は同心の寺坂穀一郎が、失せ人探しへの協力を要請しにやってきた。畳奉行早乙女家の次男・芳次郎が、徒目付神藤家のお彩との祝言を前に突如失踪したというのだ。かつてお彩が婿にとった先の二人は急死しており、芳次郎の身にも何かが―。二つの失踪事件を追う政次たちの前に、さらなる衝撃の事実が立ち塞がる!大好評書き下ろし時代長篇、待望の最新刊。

 鎌倉河岸捕物控シリーズの第二十一巻です。佐伯作品にしてはゆっくりとしたペースで進んでいますが、いつの間にか二十巻を超えていました。政次が金座裏の十代目に収まってからは、全体的にあまり大きな動きはなくて、むしろ純粋な捕物らしさがあります。しかしこのシリーズの場合、いくつもの事件にまつわるエピソードを集めた短編形式ではなく、一冊丸々使って一つの大きな事件が扱われています。なので、純粋に暇つぶしに楽しむ娯楽小説としては、途中で切りづらく先が気になって仕方がない小説です。その結果読みやすさと相まって、あっという間に読了してしまいました。

 帯にも内容紹介にも書かれているとおり、今作で政次たちが立ち向かう事件とは、二つの失踪事件です。二つも同時進行で起こるからには、両事件の間には何か関わりというか、物語的に関連がありそうに思えます。しかし一つは金座裏の飼い猫の失踪、もう一つは祝言を控えたとある若い武士の失踪。後者の事件の方が政次たちが活躍すべきメインのストーリーとなっています。

 絶対的な悪がいて、善良な人間が巻き込まれ、ビックリするほど真っ正直で正義漢がいて、いわゆる典型的勧善懲悪ものが多く、そう言った面でわかりやすさで定評のある佐伯作品にしては、今回は事件をどんどん掘り下げていっても、どこにも明確な悪者が出てこない、というちょっと変わった展開のお話しでした。極悪人もいなければ、悲惨な被害者もいない、という点では後味の良いお話しです。

 もちろん、それで面白くなくては意味がないわけですが、そこは流石というか何というか、グイグイと読ませる物語力は相変わらずで、政次達が知恵と力で真相に迫っていく過程を純粋に、そして十分に楽しめます。

 でもねぇ… なんか猫の失踪は良く意味が分かりませんでした。せっかく平行して話が進んでいくからには、何かもう少しないの?という気もします。あるいはそれは今後への伏線でしょうか?

 そしてもう言うまいと決めた政次のスーパーマンぶりがやっぱり気になります。いえ、正しく言えば鼻につきます。慣れたと言えば慣れたのですが。佐伯さんの生み出したスーパーヒーローの中でも、磐音や幹どのには過去の傷と弱みがあります。でも政次には何もないのです。生まれつきのスーパーヒーロー。出来すぎの秀才は大人になる過程において、本当は周囲の人々に妬まれるんじゃないかと思うのです。私のような凡庸で意地の悪い人々に。

 主人公に向かって「なんかムカツく」みたいなひどい感想を持ちながら、それでもきっと次の新刊もきっと買ってしまうことでしょう。つまり、私は結局のところ政次のファンなのだと思います。

 【お気に入り度:★★☆☆☆】