酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

二枚目

二枚目―並木拍子郎種取帳 (時代小説文庫)

二枚目―並木拍子郎種取帳 (時代小説文庫)

人気狂言作者・並木五瓶の弟子拍子郎は、今日も“町のうわさ”を集め、師匠のうちにやって来た。材木問屋の崇り、芝居小屋での娘の神隠し事件、吉原の女郎あがりと大店に勤める手代の心中事件…。拍子郎は遭遇する事件の真相を、五瓶とその妻の小でん、料理茶屋のおあさ、北町奉行所に勤めている兄を巻き込んで、次々と明らかにしていく。江戸に生きる男と女の心の機微が織りなす、粋で心優しい捕物帳の傑作シリーズ第二弾。

 松井今朝子さんによる「並木拍子郎種取帳」と副題のついたシリーズものの第二巻。第一巻の「一の富」はシリーズものと知らずに大昔に読んだ記憶がありますが、なぜか読書カテゴリーの過去ログに感想文が見当たりません。うーん、何でだろう? 記憶に残ってる位なのでそれなりに楽しんだはずで、読了してシリーズもので続編がすでに出ていると知ってから探したものの、その第一巻を買った本屋さんでは見つけられませんでした。

 そのまま忘れかけていたのですが、先日普段行かない本屋さんでブラブラ時間つぶしているときに、一、二、三、四...と表題が連番になっているシリーズを発見。そうです、いつの間にか第四巻まで出ていたようで、迷わず三冊同時買い上げしてしまいました。

 内容は松井今朝子さんお得意の芝居もの。しかも作者の家に弟子入りした武士の次男坊... という設定は「幕末あどれさん」と同じですし、師匠として登場する人気狂言作者の並木五瓶は「東洲しゃらくさし」の中心人物でもあります。いずれもフィクションであり、物語的にそれらの小説と関わりがあるわけではありませんが、松井今朝子ファンとしてはニヤリとしてしまう部分だったりします。

 武家上がりの並木拍子郎は、芝居方としてのまともな仕事はなく、江戸の町で見聞きした面白い話を集めて、師匠に時々報告するという役目を担っています。師匠たる並木五瓶はその中から次作のヒントを得るという目的があって、それが副題にある「種取帳」の意味だったりします。

 しかし世間を見聞きし数多くの狂言を書いてきた師匠には、拍子郎が集めてきた話の中に時折焦臭い事件の香を嗅ぎ取ったり、あるいは拍子郎が持ってきたすでに起きた事件の種明かしに気付いてしまったり。しかし五瓶はいずれにしてもそうとはっきり拍子郎に告げたりはしません。そんな中で拍子郎はどんどんと事件に巻き込まれていきます。このシリーズはそんな異色のミステリーもの、時代小説的に言えば捕物帖となっています(捕物シーンはありませんが)。

 かろうじて捕り物との繋がりがあると言えば、拍子郎の実家が町方同心の家柄であること。これは拍子郎の好奇心の強さの源でもあり、御上の捜査情報を得られる都合の良い情報源でもあります。

 例えば、今作の第一話「輪廻の家」は以下のようにして始まります。

「男がひとり、殺されようとしています。」

 これが正真正銘の第一行。小説の出だしとしてとてもインパクトあります。並木五瓶の立場に立ってみても「何だって?」と聞き返さざるを得ません。こんな面白い話をかぎつけてきた拍子郎もなかなかのものです。
しかし松井ワールドは一筋縄ではいきません。どの事件も悪人が捕まってめでたしめでたしな単純なハッピーエンドとはならず、どことなくズシッと心に響く余韻を残すものばかり。

 第五話「恋じまい」は特に印象に残りました。男と女の感情のもつれ。一家の主人たる男の浮気には寛容だった時代のこと。私には女の側の気持ちの方に共感してしまったのはどうしたことでしょう? 松井さんが女性だからなのではないかと思いますが。

 それはともかく、ストーリー展開の面白さとは別に、物語の中の随所に江戸時代の芝居小屋の仕組み、興行側だけでなく見物客側からみた芝居小屋の仕来りなども、詳しく書かれていて、江戸時代の人々の暮らしぶりの一端が覗えてとても興味深いです。「二枚目」役者の本当の位置づけとか、芝居小屋で行われるお見合いの様子とか。

 他の松井今朝子作品よりは娯楽色が強くて軽妙な内容なのに、なぜか読了まで思ったよりも時間がかかってしまいました。実際、それなりに文章量があるのかもしれません。さて、引き続き第三巻「三世相」、第四巻「四文字」を読んでみたいと思います。

 【お気に入り度:★★★☆☆】