酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

千世と与一郎の関ヶ原

千世と与一郎の関ヶ原 (講談社文庫)

千世と与一郎の関ヶ原 (講談社文庫)

細川忠興の嫡子与一郎は秀吉の仲立ちで前田利家の七女千世を娶った。睦まじい夫婦ぶりも束の間、秀吉の死後家康から前田家との縁切りを迫られる。姑の玉も石田三成が人質にとろうとするのを拒んで自害し、追い詰められた千世は屋敷を逃れて落魄の身に…。関ヶ原の思わぬ実像を描き出した傑作歴史小説。

Amazon.co.jp: 千世と与一郎の関ヶ原 (講談社文庫): 佐藤 雅美: 本

 この本を本屋さんで見つけて手に入れてからすでに5ヶ月。読み始めてから4ヶ月。読み切るのにこんなに時間がかかった小説もありません。内容盛りだくさんなのは確かですが、文庫本で470ページほど。まともに読んでいれば5ヶ月もかかると言うことはありません。そんなに時間がかかってしまった原因はほぼすべて私にあります。

 当初、発売直後の2月に買ったものの、同時に手に入れた他の本を先に読んでいるうちに買ったこと自体を忘れ、そろそろ読んでみようと思った4月になって、また新しく買ってしまうと言うありがちな間違いをしでかしました。そういうこともあるさ、と読み始めたものの、その後4月下旬に沖縄に行く機内で読んでいたのに、その後ぱったりとこの本が見つからなくなり、機内に置いてきてしまったに違いない... と思い込んでいました。

 是非続きを読みたかったのですが、そういうときに限って余計に買ったはずのもう一冊も見つかりません。まさか3冊目を買う気にもなれず、そのまま放置して諦めて忘れかけたころに、ポロッと旅行カバンの中から読みかけのしおりが挟まったこの本が出てきました。どうやら機内に忘れてきたわけではなかったようです。もう一冊が見当たらないのは相変わらずですが、そんなこんなで3ヶ月以上のブランクを経てようやく読書再開し、この度ようやく読み終わったのです。

 余計な前置きが長くなってしまいましたが、主人公は戦国時代の武将、細川忠興の長男、与一郎こと細川忠隆です。そして千世というのは前田家から忠隆に嫁いだお嫁さん。当時の武士の家に生まれたとなれば、当然政略結婚だったのですが、この二人は結局深くお互いを愛するようになり、完全に恋に落ちてしまいました。いえ、夫婦同士なので恋に落ちようと何しようと自由なのですが、やはり戦国の世はそんな二人の色恋沙汰をそのまま放っておいてくれるほど生やさしくはありません。秀吉から家康へ、権力者が変われば政局が変わり、そうすれば政略も変わります。細川家と前田家の事情によって結ばれた二人は、同じ力で今度は引きはがされそうになります。

 そしてクライマックスは関ヶ原の戦いで訪れます。細川家と関ヶ原と言えば、明智光秀の娘にして細川忠興の室、ガラシアこと玉が石田三成に抵抗して、家に火を放ち自害する話が有名です。戦国時代の女性としては真っ先に語られる女性。さて、一家の主婦たる玉が自害するとなれば、長男の嫁である千世の運命は決まったも同然。果たして社会の理不尽に引き裂かれる悲恋の物語の様相は、まるでロミオとジュリエットのような悲恋となるのでしょうか...。

 と思っていたら、そこはさすがに佐藤雅美さん。物語の中盤では、関ヶ原の合戦に関する考証が延々と続きます。家康とその支持者達の行動、石田三成のどうしようもないバカさと西軍の決定的なミスの数々。ドキュメンタリーとしての関ヶ原解説と考察は微に入り細にい入り、俗説の否定もされるほど。まるで関ヶ原の合戦についての研究論文のよう。なかなか難解で、ある程度事前知識のある人向けではないかと思います。

 そこに至り、それまでの千代と与一郎の恋物語のギャップにしばし呆然。そして結末はもちろん史実に忠実に従っているわけで、二人の関係については落ちらしい落ちもないまま呆気なく終わってしまい、泣けるロマンス物語のクライマックスを期待していると思い切り裏切られてしまいます。事実がそうだったのだから仕方がありません。なので後半にかけては、千代と与一郎の恋物語と言うよりは、与一郎の一生を描いた大河小説と考えた方がよさそうな気がします。

 それにしても佐藤雅美さんの辛口時代考証は今作でも冴え渡っています。彼の筆にかかれば徳川家康などは書く気がしないほどの、いけ好かない嫌な人間であり、石田三成などは小物中の小物過ぎる上に人間として難があるそうです。その他も小物ばかりで、佐藤さんの目に叶う武将はもうほとんいないけれども、どうしても関ヶ原をじっくり研究したかったそうで、その取っ掛かりとして、与一郎と千代の悲恋はぴったりだったようです。

 確かにこの二人の恋模様は、時の政局に翻弄され、関ヶ原の戦いとそこに至る過程を映した鏡のようなものだったのでしょう。そこが理解できると初めてこの小説の奥深さがより味わえるのかも知れません。残念ながら私はそこまで到達できませんでした。もっと戦国時代を知ることができたら、いつの日か読み直してみたいと思います。

 【お気に入り度:★★★☆☆】