酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

深川にゃんにゃん横丁

深川にゃんにゃん横丁 (新潮文庫)

深川にゃんにゃん横丁 (新潮文庫)

お江戸深川にゃんにゃん横丁。長屋が並ぶこの場所は、その名のとおり近所の猫の通り道。白に黒いの、よもぎにまだら。愛らしい猫たちがあくびをしているその横で、雇われ大家の徳兵衛は、今日もかわらず大忙し。悲しい別れや戸惑いの出会い。報われない想いや子を見守る親の眼差し―。どんなことが起ころうと、猫がニャンと鳴けば大丈夫。下町長屋の人情溢れる連作時代小説集。

Amazon.co.jp: 深川にゃんにゃん横丁 (新潮文庫): 宇江佐 真理: 本

 久しぶりの宇江佐真理さんの小説です。変なタイトルですが変な意味ではありません。深川の下町、なぜか猫が多く集まるから「にゃんにゃん横丁」と名づけられた細い小路と、周囲の自身番、飲み屋と長屋を舞台にした、そこに暮らす住民たちの人生と人情の物語です。

 にゃんにゃん横丁は深川山本町と東平野町の間にあります。現在で言うと、小名木川の南、清澄白河駅の周辺と思われます。しかし「にゃんにゃん横丁」自体は宇江佐さんの作り出した架空の横丁。でも、そんなことはもちろん全く問題ではありません。架空の横丁を舞台にした、宇江佐さんの筆による住民たちの生き生きとした姿からは、きっと江戸時代の深川の人たちは、こんな暮らしをしていたに違いないと思わせるに、十分なリアリティと説得力があります。

 にゃんにゃん横町にある喜兵衛店の大家を務める徳兵衛と、その幼なじみの富蔵と"おふよ"の三人が主な登場人物です。男二人女一人の幼なじみ仲間が出てくるとはいえ、彼ら彼女らはもう五十代のいい歳をしており、さわやかな若者達の青春物語というわけではありません。と言って、老いを感じて嘆くようなうら寂しい物語でもなく、何というか成熟した「大人」を感じさせる三人なのです。

 それにしても、この暖かさは何なのでしょう? 北原亞以子さんの描く人物像には独特の奥行きがありますが、それとはまた別のベクトルで宇江佐さんの描く人物像にも深みと味わいがあります。そして同時に、宇江佐さんの書く物語は油断していると、ふとした瞬間にとても悲しい結末が待っていたりすることがあるので、何となく安心して読めませんでした。にゃんにゃん横町に何か起こるんじゃないかと心配で心配で。

 でもその心配は、まさに物語の中の徳兵衛と富蔵とおふよの心配事そのものなのです。そこでは特別な大事件が起きているわけではなく、どこにでもいるような人々の、どこにでもあるような人生の問題。あの人は元気にやってるだろうか? あの子は無事に仕事が勤まるだろうか? 俺の明日の仕事はうまくいくのか? あの猫は無事に成長できるだろうか... などなど。

 そして、おふよの目線にはやはり宇江佐さんのそれが感じられます。つまり母としての目。この物語の主人公は一応徳兵衛と言うことになってるのですが、本当はおふよが裏の主人公なのではないかと感じることもあります。おふよは正義漢(ん?漢じゃおかしいか?)で優しくて人情に篤く、自立していて格好いい啖呵が切れる深川の女。時代小説に登場する理想的な女性像の一人です。

 この本は古い作品の再版ではなく、最近書かれたもの。もしかしたらシリーズ化したりするのでしょうか? 流れからして十分可能だとは思うのですが。年老いた三人の幼なじみ達の暮らす、にゃんにゃん横町のその後を是非読んでみたいものです。まだ泰三とか音吉とか彦左衛門とか、行く末に決着がついてない住人達が何人もいることですし。あ、それに猫たちにも謎だらけです。

 【お気に入り度:★★★★☆】