大盗の夜

投稿者: | 2010年10月22日

大盗の夜 (光文社文庫)

大盗の夜 (光文社文庫)

江戸幕府より朱印状を授けられ、全国の占い師や芸能者を統括する、安倍晴明を祖とする陰陽師。その一族土御門家で京都触頭の一人・笠松平九郎は、帯刀を許され、小太刀の名人でもある。易者姿で京の治安に目を配り、次々と舞い込んでくる摩訶不思議な事件を解き明かす。欲望、嫉妬、憎悪…人間の持つ弱みを、市井に生きる人々の姿を通して描く快作。

 澤田ふじ子さん作のシリーズものです。「土御門家・陰陽事件簿」というシリーズタイトルがついています。「陰陽師」といえば今で言う占い師。しかしながら「事件簿」ときたからには、これはミステリーなのか捕り物なのか? その不思議な二つの言葉の組み合わせに興味を引かれて手に取ってみました。



 果たして読んでみれば、内容はそのシリーズ名が示している通りのものでした。街角にひっそりと店を開き、様々な人間模様を眺める占い師は、勢いいろいろな事件の発端や前兆や片鱗を目にしやすい立場にあります。主人公の笠松平九郎は、占い師としての立場を利用して多くの事件を見聞きし、未然に防ぎ、謎を解き明かし、そしてうまく収めていきます。

 と言っても、彼はそれをお節介や個人的な興味でやっているわけではなく、陰陽師にはそもそもそういう社会的役目があったということが、物語の随所で説明されています。全国の占い師が土御門家という一族を頂点とした全国組織であったことなども初めて知りました。そして、彼らの社会的な存在理由は結局のところ治安維持であったとか。これはなかなか新鮮な話です。

 なるほど、江戸時代の治安維持についてはいろいろな謎があります。いえ、謎と言うよりは「からくり」と言うべきか。百万人が暮らす世界的大都市、江戸にあって、いわゆる公の警察組織はわずか24人の同心しかいませんでした。たったそれだけで百万都市の治安を守るためには、岡っ引き、下っぴきを始め、木戸番、町名主、長屋と大家、人別帳などなど、様々な周辺制度によって防犯体制が完成していたと言われています。

 土御門家に支配された全国の陰陽師達も、末端で人々の生活の相談を受け、事件の目をあらかじめ摘み取るための、最後のセーフティネットであったわけです。「陰陽師」と来れば、なにかおどろおどろしいモノを想像しがちですが、この小説は超能力の類とは一切関係なく、とても実直な人間ドラマです。

 商店の建ち並ぶ街角で、あるいは八つぁん熊さんの暮らす貧乏長屋で、多くの事件の予兆を発見しては大事になる前に押しとどめたり、あるいはその網をくぐり抜けて道を踏み外してしまった人を見つけ、助け上げるのが陰陽師の務め。そういう背景をベースに物語が進んでいきます。

 土御門家の譜代衆で触頭という役に就く笠松平九郎が主人公であるように、登場人物は陰陽師組織のトップに近い人々が多く、割と優雅な上流階級の雰囲気が多く感じられます。しかし家司頭の赤松頼兼はじめ変わり者も多く、(ときにブラックな)ユーモアもふんだんにあり、色恋沙汰も多少あり、剣が振るわれる冒険活劇あり、そしてやはり涙を誘う人情ドラマあり。

 澤田ふじ子さんの小説は初読でしたが、これはとても気に入りました。続編も追々手に入れて読破したいと思います。

 【お気に入り度:★★★★☆】