酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

難儀でござる

難儀でござる (光文社時代小説文庫)

難儀でござる (光文社時代小説文庫)


 友人から借りた紙袋いっぱいの本の中に紛れていた一冊。作者の岩井三四二さんのことは今まで全く知らず、作品を読むのも今回が初めてです。比較的最近活躍されている作家さんらしく、タイトルの語感、帯のコピーからしても、多分気楽に読める娯楽系の時代小説なんだろうと思って、気楽に読み始めました。
 が、読み始めてみればその予想は外れていました。時代は戦国時代。織田、今川、松平、北条、武田... などなど、この時代おなじみの武将たちの名前がぽんぽんと出てきます。なんと、これは戦国武将を扱った硬派な歴史小説だったのか... と、最初は面食らったのですが、次第に読み進めるうちに、やはり「難儀でござる」というタイトルから感じられるように、どことなく力の抜けた視点の物語ばかりで、少し安心しました。
 八編の短編からなるこの小説は、武田信直(武田信玄の先代)と今川氏親の時代に始まり、松平竹千代(後の徳川家康)が人質に取られ、織田信長が天下取りに後一歩のところまで近づき、そして勝頼(信玄の跡取り)とともに武田が滅び、最後は豊臣方と徳川方が関ヶ原で決戦を行うまで、時代を追って進んでいきます。
 しかし、物語の主題はそれら武将たちの活躍や隆盛そのものにはありません。その戦国時代の主役たちの影で、主に仕えて無理難題を背負い、右往左往する家来や周辺の人々。「へぇ、そんな背景があったのか」と感心してしまうような、歴史の脇役たちが主人公です。
 彼らのうちの一人は次のように思います。

豪華な城を持ち、何万貫文もの収入と何千人という家来を抱えていた大名であっても、ひとたび合戦に敗れてしまえば命をとられるし、逃れたとしても追いかけられる。大名とは、いや侍とは、なんともあさましい世渡りだろうか。

 そう、この小説は武士という世渡りの理不尽さを語った物語なのですが、どこかそこにはストレートな嘆きではなく、大らかさというか、生き生きとした空気を感じてしまいます。それはこの時代、実際に武士は武士として、日本の社会を動かす原動力として機能していたからなのでしょうか。江戸時代、存在意義を失った武士の方がよほど、どうしようもない悲壮感と絶望感、理不尽さを感じてしまいます。
 「難儀でござる」という一言からも、実は小説的な脚色にとどまらない、この時代の武士たちの本質を見たような気がしてきます。
 【お気に入り度:★★★★☆】