酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

出世花

出世花 (祥伝社文庫)

出世花 (祥伝社文庫)


 時代小説好きの友人に「これで泣けなければ人じゃない」とまで言われて手渡された本です。泣き所笑いどころ、好き嫌いの個人差はあれども、私自身特に世間と大きく感性が異なっていたり、捻くれていたりするわけではないはずなので、そんなに泣けると言われたら、きっと泣けるにちがいないと思って読み始めました。その結果は果たして・・・。
 ・・・もう号泣です。それも壮大な物語の最後にクライマックスが待っているというのではなく、比較的序盤から泣けてくるのです。しかもそれは、じんわり来るいい話というよりは、どうにもやりきれない悲しい物語の連続。それもそのはず、この小説の舞台になっているのは「墓寺」と呼ばれる葬儀専門の特別なお寺。そこで三昧聖として湯灌を行う少女が主人公なのです。
 本の帯にもあるように、これは江戸時代の「おくりびと」の物語です(と言っても私は例の映画は見ていませんが)。「三昧聖」とは正規の僧ではないが葬祭に関わる行者のこと。そして「湯灌」とは死者の体を清める儀式。屍洗いと世間からは疎まれながらも、死者をあの世に送り出すための重要な作業です。
 死はそれぞれの"人"の物語の結末でもあります。そしてそこには何らかの無念がある場合が少なくありません。この小説では、単に人の死を大仰に語ることで読者の涙を安易に誘うのではなく、湯灌を通して人の死にまつわる無念を取り除くことの神聖さ、神秘さ、そして畏れが、読者の心に何かを訴えかけてくるように思います。
 しかし、私がこの本の中で特に印象に残った一文は次のようなものでした。

火屋(=焼場)は子供心にまだ怖いところではあったが、それでも父の熱い骨を胸に抱いた時の「これでもう犬に喰われることはないのだ」という安堵感は忘れがたい。

 これは葬儀の儀式の神聖さなどという以前の、人間の本能というか感情に直接関わることで、とてもショッキングでさえあります。
 さて、この小説は四編から成っていますが、もともとは第一話の「出世花」だけが短編として書かれたそうです。確かにこの最初のこの一話だけ完成度が違うように感じました。二話目以降もいい話ではあるのですが、全体を読み通してしまうと、なぜかインパクトが薄れてしまったように感じたのが少し残念です。
 【お気に入り度:★★★☆☆】