酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

赤ひげ横町:池波正太郎ほか (縄田一男 選)

赤ひげ横丁―人情時代小説傑作選 (新潮文庫)

赤ひげ横丁―人情時代小説傑作選 (新潮文庫)

 

 

 長屋シリーズに続く、縄田一男氏選による時代小説短編のアンソロジーシリーズの新巻です。長屋シリーズが3作で終了し、「素浪人横町」というタイトルで今年の夏前に新シリーズがスタートしました。そのときはてっきり「浪人」シリーズが始まったのかと思ったのですが、そうではなくて「横町」シリーズでした。よく考えてみれば「長屋」シリーズに対応するのは、「浪人」ではなくて「横町」ですし。

 で、前作の「浪人」の横町に対して今作はどこの横町かと言えば「赤ひげ」の横町がテーマです。「赤ひげ」とは池波正太郎作の「赤ひげ診療譚」で有名なあの「赤ひげ」です。つまりは医療を扱った短編を集めたシリーズものとなっています。最近も医療の現場を扱ったドラマや小説は人気です。やはり人の生命が関わってるだけにドラマになりやすく、人びとに共感や感動を呼び青子しやすいという面もあります。

 時代小説の場合は、そこに更に江戸時代の医療事情、医療政策、ときには人びとの宗教観といった、現代とは全く違ったものが見え隠れします。鎖国によって大きく遅れていた日本国内の医療事情。免許も試験制度もなく、その気になれば誰でも医者を名乗れた時代。それでも当時の医師達は、やはり社会のエリートであると同時にボランティア心を持ち併せていました。

 今作は、山本周五郎の「徒労に賭ける」(赤ひげ診療箪より)に始まり、池波正太郎の「鬼熊酒屋」(剣客商売)に終わる五編からなります。この医療の理想と現実のギャップに思い悩み、自分の努力が報われないことに苛立ちながらも決して諦めない医者の姿に始まり、人の一生の締めくくり方と終末医療のあり方で終わる編纂は、相変わらず冴えきっています。

 第二話は菊池秀行の「介護鬼」。老人介護に関わる人びとの深層心理を不思議なファンタジーでくるんだ、とても変わった時代小説です。薄っぺらな介護問題提起ではなく、どんなにシステムが拡充しても、避けることの出来ない人の心を抉り出している気がします。

 第三話は乙川優三郎の「向椿山」。心の病をテーマ氏にした恋愛小説です。第四話は杉本苑子の「眠れドクトル」。明治維新直後、日本にやってきて遅れている医療事情の改善に取り組んだアメリカ人医師と、それを支えた日本人医師たちの奮闘の物語。ともすれば長編になりそうなテーマを、実に見事なまでに短編に仕上げています。

 そしてやはり、いつの時代にも通じる医療の本質は、赤ひげ診療箪の主人公、小石川診療所の医師、小出法定の以下の有名な言葉にあると思います。

現在われわれにできることで、まずやらなければならないことは、貧困と無知に対するたたかいだ、貧困と無知とに勝ってゆくことで、医術の不足を補うほかはない、分かるか?」

 やはり「医療」ドラマには現代物も時代物もなく、心に響くものがあります。こうしていろいろな作家の、いろいろなテーマ、いろいろな表現方法、いろいろな考え方を集めた短編集というのはとても面白いものです。わずか200ページちょっとの短い本であり、通勤途中に読んでいても2,3日で読み切ってしまいますが、読後感はもっと長い小説を読んだかなのような充足感があります。

 お勧め度:★★★★★ (長屋シリーズ含め過去のこのシリーズのなかでは一押しです)