酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

無用の隠密:藤沢周平

無用の隠密―未刊行初期短篇 (文春文庫)

無用の隠密―未刊行初期短篇 (文春文庫)

 

  10年以上前に亡くなったはずの藤沢周平さんの新刊が文庫で出ていました。どこかから未発表原稿でも出てきたのかと思えばそうではなく、無名時代に無名の雑誌に掲載され忘れ去られていた作品をかき集めたものだそうです。年代としては昭和三十九年以前、藤沢周平さんがまだ作家デビューを果たしておらず、新聞社に勤める傍ら、趣味兼内職として書いていた短編時代小説十四編が収められています。藤沢周平ファンにはまさに願ってもないプレゼントと言えるでしょう。

 私は一時代小説ファンとして当然藤沢周平作品は読んでいますが、まだまだ読破には至りません。多分、有名なものから三割くらいしか読んでいないと思います。それでもやはり副題として付けられている「未刊行初期短編」という言葉が気になります。やや順序が違うかも?と思いつつも手に取ってみました。

 藤沢周平さんの作品は、前期と後期で作風が大きく違うと言われています。前期はどちらかというと重苦しいテーマでどんよりとした暗くて辛い結末を迎える作品が多く、後期はもう少し明るさというか、軽妙さと美しい風情を備えたわりと読みやすい作品が多くなります。無名時代の超初期ものとなれば、前者の作風に近いものであることは想像に難くありません。

 文庫版で五百ページオーバーという厚さながら、十五編の短編が収められているということもあって、一編の長さはそれほどでもありません。そして各作品の成り立ちや時代背景、後年の作品との関係を丁寧に解き明かす解説が加えられています。その解説は実に三十ページ以上あります。十五編を読み切った後は、それぞれの作品の理解を深め、また藤沢作品全体の理解を深めるためにも、この解説はとても役に立つと思います。

 その解説にあるとおり、この中の何編かは後に有名になってから同じプロットで書き直されているものもありますし、越後や庄内地方の、いわゆる草の者(=忍者)を扱った作品もあります。この草の者の活躍は「密謀」などにも繋がっていく世界かと思います。さらには庄内地方の歴史や、江戸の浮世絵師をテーマにしたものなど。藤沢ファンならいろいろ想像をかき立てられるものがあるのではないでしょうか。

 ということで、いずれにしても成り立ちからして決して読みやすい本ではないだろうな、とは想像していたのですが、第一話を読み始めたところで、早くも挫折しかかりそうになりました。と言うのも、とても難解なのです。背景説明がほとんどなく、非常に少ない言葉と、豊かな情景描写だけでで進行する作風は明らかに藤沢作品らしいのですが、今自分が読んでいる物語の中で何が起きているのか?登場人物の関係がどうなっているのか?が全く分かりません。何となく字面を追ってるうちに終わってしまったりして。第一話の「暗闘風の陣」は二回読み直してしまったほどです。

 で、結論から言うと結局分からずじまいで、諦めて先に進んでしまいました。そして二話目がまた輪をかけて難解なのです。が、難解で読みづらかったのはこの二話まで。三話目以降は普通に物語として楽しむことができました。解説によれば、最初の二編は小説としてまだ稚拙で未熟だとか。難解だったのはそのせいということにしておきましょう。

 最初に二編を除いて、他の十三編はどれもじんわりと心に染み入るような物語ばかりですが、個人的に敢えて気に入ったものを挙げるとすれば、八話の「忍者失格」、九話の「空蝉の女」、十四話の「ひでこ節」、十五話の「無用の隠密」あたりです。と、四編を選んでみて気づいたのですが、どれも恋愛の物語です(A^^;;

 お勧め度:★★★★☆(最初の二編は難解ですが我慢して読み進めましょう)