酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

奴の小万と呼ばれた女:松井今朝子

奴の小万と呼ばれた女 (講談社文庫)

奴の小万と呼ばれた女 (講談社文庫)

 

  江戸時代の後期、大阪に実在した一人の女性をモデルにした小説です。現在は一般に良く知られている人ではありませんが、当時の大阪では知らない人はいないくらいの有名人だったようで、人形浄瑠璃や歌舞伎の題材になるなど、いろいろと資料も残っているそうです。

 松井今朝子さんがこの"奴の小万"に興味を持った経緯は、この本の中でも序章と終章として語られています。最初のページをめくると大阪の地下街から話が始まったので、ちょっとビックリしてしまいました。しかしそこは何やらファンタジーな世界で、読者の空想をかき立てます。はっきりした種明かしはなく、単に作者自ら作品の解説をしているのか、あるいはこれも物語の一部なのか判然としません。ある意味この部分にも松井今朝子さんの物語力を見た気がします。

 "奴の小万"と呼ばれていたのは大阪の豪商木津屋の一人娘のお雪です。このあだ名が付けられた由来の詳細については、本を読んでいただくとして、その文字面からも分かるように、これは決して女性としての美貌や才色を称える意味で付けられたものではありません。彼女は並の男を見下ろすほどの体格で、やくざ相手に喧嘩を買い、角材を振り回すほどの型破りな女性でした。それが闇の世界に生まれ育ったどこの馬の骨とも分からない女性というのではなく、歴とした社会的地位のある大店の娘なのだから痛快極まりありません。

 彼女をそうさせたのは何だったのか?これはこの本の一つのテーマだと思います。そのテーマには「家、家にあらず」にも通じているものがあるように思えます。女性の人生とは何なのか?女の幸せとは何なのか? 江戸時代と現代では社会状況が全く違うとはいえ、そこにはなぜか今でも同じ問題が横たわっているのかも知れません。と言っても、決してこれら松井今朝子さんの本が、フェミニズムを直接的に訴えてるものではありません。上手く言えませんが、もっと人間の根幹に関わる話ではないかと思います。

 お雪の本心を吐露した一文があります。これをどう思うのか、人それぞれかもしれません。

まっとうな人の生きる道を無心に信じ、かたちだけでも、真似事なりとも、人並みの暮らしをしたいと殊勝に願う者。こういう者には、己なんぞはとうてい太刀打ちできないという思いがした。もしかすると、何が強いといって、これほど強い者はいないのかもしれない。京の天皇や江戸の将軍でさえ、こういう者には敵うまい。何が怖いといって、この手の者ほど怖いものはないだろう。

 江戸時代の人々には"自由"という概念はほとんど無かったのでしょう。むしろ武士や大商人など、身分の高い人ほどそうだったはず。木津屋の主一家に生まれたお雪には、世間が決めたまっとうな人生というものがあらかじめありました。女性として自由な人生を求めると言うことは、そのまっとうな人生からはみ出し、社会から逸脱することを意味します。

 しかし、彼女はそれをやり遂げたのでしょうか? なぜ"奴の小万"という不思議なあだ名で、後生まで名前が残るようなことになったのでしょうか? この本は同じ女性として松井今朝子さんが解釈した彼女の半生の物語です。

 男性の私からすれば、この物語の中の"奴の小万"は「格好いい!」とも思えますが、女性から見るともしかしたら全く違うのかも。なんか、そんな風にも思えました。

 ところで、古本屋の老婆はいったい何者なのか? そこが気になって仕方ありません。

 お勧め度:★★★★★(痺れました。こんな読後感の本はなかなか他にはありません)