酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

吉原手引草:松井今朝子

吉原手引草 (幻冬舎文庫)

吉原手引草 (幻冬舎文庫)

 

  江戸時代唯一の官許の遊里、江戸は吉原。五丁一を謳われ全盛を誇っていた舞鶴屋の花魁、葛城が引き起こした事件の謎を解く、時代ミステリー小説です。本屋さんを物色中に、何となくタイトルの語感と、帯に書かれていた「吉原一を誇った花魁は、なぜ忽然と姿を消したのか?」という売り文句に惹かれて買ってしまいました。この作品は一昨年の直木賞受賞作だそうです。松井今朝子さんの小説を読むのはこれが初めてです。

 この本の面白いところは、何よりもその文体と構成です。全編にわたり関係者の証言記録という形式が貫かれています。それら証言をするのは、引手茶屋の女将、見世の主人、番頭、遣手、あるいは幇間、芸者、馴染みの客などなど。そして証言の聞き手は謎の人物。目的と身分を隠して関係者に接近し、証言を引き出しつつ、時には推理を交え、次第に事件の核心へと迫ります。しかし彼は物語中で一度たりとも読者に直接その声を聞かせることはありません。

 そもそも葛城が起こした事件とはどんなものだったのか? 読者は謎の人物にくっついて、いろんな人の証言を聞きながら次第に事件の概要と、背後にある真相が同時に見えてくると言う、とても凝った仕立ての構成でした。こういう風変わりな語り口の小説というのもとても面白いものです。

 それぞれの証言を通して、事件の謎解きだけでなく、吉原という特殊な世界の仕組みと、その中の空気感が見事に表現されています。時代ミステリー小説でありながら、分かりやすい吉原の解説書のよう。吉原の表と裏、真と嘘、天国でもあり地獄でもあり、美しくもあり醜悪でもある、人間の矛盾に満ちたその世界。そんな吉原になんだかとても興味をそそられてしまうのは、やっぱり私が男だからなのでしょうか(A^^;
 物語の中の葛城は、吉原一になるだけの美貌と才覚と度胸と人望をもった素晴らしい花魁です。読んでるだけでも惚れてしまいそうになるくらい。いったい、彼女は何者で、どんな事件をなぜ引き起こし、どうなってしまったのしょう?その肝心のミステリーの謎解きも実に面白くて見事なものでした。

 でも一方で、単純で平凡でな一大衆読者としては、結末を迎えるに当たって「えっ?これだけなの?」と思ってしまいました。北原節のようなスカッとした切れ味がもう少しあれば、参った!と言うところですが、いわゆる"後日談"をもっと読みたかったなぁ... というのが正直な読後感です。

 さて、吉原の粋と見栄の世界、そして花魁葛城について、記憶に残った文章を引用しておきます。

昔から卵の四角と女郎の誠はないものだといって、花魁は男をだますのが商売。
客が女郎を売り物買い物とお思いなら、女郎だって金で客を値踏みする。
世間は廓が嘘のかたまりだというが、ここほど男が本性をむき出しにする場所もねえ。

わしが驚いたのは、あの妓が目を逸らさずに堂々と嘘をついたことだ。
そうだよ、あの妓は無頼の嘘つきだった。

 吉原は人々が真剣に演じる大きな舞台だったようです。時には命をかけて。それが面白くないはずがありません。

 お勧め度:★★★★★ (参りました。文句なく誰にでもお勧めです。)