酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

紀文大尽舞:米村桂伍

紀文大尽舞 (新潮文庫)

紀文大尽舞 (新潮文庫)

 

  江戸時代中期、紀州から蜜柑船に乗って忽然と江戸に現れ、材木問屋を起こしたと思ったら、幕府御用達にまで一気に成り上がり、吉原で豪遊し数々の伝説を残しつつ、しかし一代限りでその身代を使い果たして消えていった謎の商人、紀文こと紀伊国屋文左衛門の物語です。いったい彼は何者だったのか? あまりにもドラマチックすぎるその人生は、純粋にジャパニーズ・ドリームの体現者だったのでしょうか? 米村桂伍さんがその謎を解いてみせる、"歴史の異説シリーズ"の一冊ともいえるべき物語です。

 主人公は、湯屋の娘で戯作者を目指すその名も"お夢"。スクープを追う現代のジャーナリストのごとく、紀伊国屋文左衛門の真の姿に迫ります。紀文の生きた時代に関する、多くの記録を紐解きつつ、一般的解釈の矛盾を鋭く突きながら進行する、大胆な"歴史の異説"の物語。そしてお夢はいつの間にか大奥へ...。一商人の裏話を追ってるはずが、事はあれよあれよという間に時の将軍家へつながっていきます。

 これまた荒唐無稽で大胆なストーリー展開ながら、もしかしたら一部は本当かも?と思わせる説得力も感じられます。お夢の愛すべきキャラクターもあって、説明くさくなることなく、適度に緩い雰囲気の娯楽的時代ものミステリー小説。お夢が書き綴る戯作「紀文大尽舞」はいったいどんな結末になるのか? そして自分が読んでいる米村桂伍氏の書いた「紀文大尽舞」はいったいどう決着するのか? という二重構造の物語も凝っています。

 しかし読後感としては、オチはイマイチかなぁ... と感じました。どんでん返しに次ぐどんでん返しはちょっとくどいかも。あり得ない勢いで話が膨らんでいく間は、むしろ面白くてぐいぐいと引き込まれたのですが、広げた風呂敷の大きさ割りに、最後は急に小さくまとまってしまった感じがします。

 ちなみに、この物語にも「退屈姫君伝」シリーズファンにはおなじみの人物が登場します。作品ごとに微妙な関連づけを持たせるあたりは、なかなかにファン心理をくすぐるものがあります。紀伊国屋文左衛門が活躍したのは、有名な第八代将軍、徳川吉宗がその座につく少し前まで。退屈姫が生きた時代よりも50年ほど古い時代です。さていったい誰が登場するのでしょうか?
 ちなみに、この本の冒頭は以下のような会話で始まります。

「お父さま、おこじゅかいちょうだい。」 「いいとも、いくらでもやるぞ。十両か?百両か?」 「ひゃくまんりょう。」 「よしよし、それでどんな遊びをするんだい? 面白いことなら、お父さんも混ぜておくれ。」 「ばくふてんぷく。」

 ここだけでこの物語の世界に完全に引き込まれてしまいました。

 お勧め度:★★★★☆(米村桂伍ファンは必読。それ以外の方でも時代ミステリーとして楽しめます)