酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

退屈姫君伝:米村圭伍

退屈姫君伝 (新潮文庫)

退屈姫君伝 (新潮文庫)

 

  最近わりとまじめな小説ばかり読んでいたので、少し息抜きに楽しいものを読みたいなぁと思い本屋さんをうろうろ。楽しい本か、重い内容の本かを見極めるには、文庫本裏表紙の紹介文を読むという手もありますが、片っ端から手にとって読んでいては日が暮れます。そこで次に判断材料となるのはタイトルと表紙絵です。「暗殺の年輪」(藤沢周平:未読)とくれば、かなり重い内容であることが伺えますが、「退屈姫君伝」となると、これはきっと気軽に楽しめて笑える内容の小説の匂いがプンプンします。果たして「退屈姫君伝」を手にとって表紙を見てみれば、これはどこかで見たタッチのイラスト... と思ったら、これは「しゃばけシリーズ」で有名な柴田ゆうさんの手によるイラストではありませんか。表紙絵のみならず挿絵も描かれています。とくれば、これは面白い物語に違いないと確信し、ろくに確認せずに即お買い上げとなりました。

 主人公となる退屈姫の本名は「めだか」。とある東北は磐内藩五十万石の大々名家に生まれた末娘です。気ままに十七歳の日々を過ごしていたある日、彼女自身の輿入れ先が決まったところから物語は始まります。その嫁ぎ先とは、なんと石高わずか二万五千石の讃岐の小藩、風見藩でした。さて、わがまま放題、世間知らずに育ってきためだかに、いくら小藩とはいえ大名家の正室が勤まるのでしょうか?もちろん、この手の小説のこと。めだかの周辺には次から次へと事件が起こります。

 大名の正室ともなれば却って全く自由が奪われ、退屈な毎日を過ごすばかりになるかと思えば、元来の好奇心旺盛さといたずら好きと、素直で明るい性格の退屈姫はじっとしてはいられません。早速彼女の興味を引いたものは、風見藩の江戸上屋敷に古くから伝わる七不思議ならぬ六不思議です。この謎を解くことにめだか姫は夢中になります。そんな中、なぜか出生欲旺盛な幕府隠密や、くノ一(くのいち=女忍者)の少女、貧乏長屋の住人達などを巻き込んで、退屈姫の嵐のような活躍がはじまります。

 と、読み始めてみれば期待したとおりの面白おかしいストーリー展開。これは時代コメディ小説と言えるでしょう。とにかく滑稽で荒唐無稽でナンセンス、ほとんどな漫画のような世界です。しかしそれでもバカバカしく感じるどころか、周辺の登場人物達同様に、読者たる自分自身がグイグイと退屈姫に引っ張られて振り回されてしまうのは、コメディ物語として成り立つ背景に、江戸時代の空気がしっかりと流れていることが感じられるからだと思います。

 徳川将軍家を筆頭にした大名家の武家社会のしくみ。貧乏な小藩の困窮した経済状況とそれを乗り切るための工夫。一方の裕福な大藩が切り開いた収入源。そしてそんな武家達に囲まれながら江戸に暮らす町人達の生活。第十代将軍家治の治世において権勢をふるった田沼意次の政治。そういった、時代小説にとって欠かせないポイントはしっかりと押さえられています。さらに、七夕には江戸の人々は町人も武士もみな井戸浚いをする習慣があったことなど、知らなかった江戸時代の習慣や風習の豆知識も随所にちりばめられています。

 そんな面白いストーリーを際だたせているのが、その語り口。めだか姫はじめ物語の中の当事者達の誰の目線でもなく、完全な部外者の目で語られる文章は、まるで無声映画を弁士の語りとともに見ているようでもあり、あるいは落語家の話を聞いてるようでもあり。登場人物達の言動や行動に突っ込みを入れつつ、補足解説をしつつ、勝手にギャグをかましつつ、ですます調でリズム良く進む文章は、非常に新鮮な印象を残します。柴田ゆうさんのイラストのイメージと合わさって、非常に映像的な物語です。


 ちなみに、お転婆なお姫様が主人公で面白いお話だからといって油断していると、面食らう部分が多々あります。というのも、非常に下ネタが多いのです。江戸時代は実際に非常に性に開放的だったと言われていますが、それにしてもこんなのアリなのか?というほどどぎつい表現が繰り返し出てきます。そういうのが嫌いな人や純真な青少年にはお勧めしません。いえいえ、私は問題ありませんでしたが(A^^;;;

 さて、この退屈姫の活躍する小説はシリーズ化されいて、今回紹介した「退屈姫君伝」はその第一巻です。すでに第二巻の「退屈姫君 海を渡る」、第三巻の「退屈姫君 恋に燃える」、そして第四巻の「退屈姫君 これでおしまい」が文庫で発行されています。さらに退屈姫シリーズの前編となる「風流冷飯伝」という小説もあるそうです。まだ第二巻目を読み始めたばかりなのですが、どうやらこれ以上は続かずに第四巻で完結してしまうようです。さて、この先もどんなハチャメチャなことを退屈姫がしでかしてくれるのか、楽しみです。特に第三巻...。風見藩主に嫁いだ身でありながら「恋に燃える」とはどういうことなのでしょう? 早く読み進めなければ(^^;

 お勧め度:★★★★☆(時代小説の箸休め的存在というか、気晴らしにぴったりかと)