酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

町医 北村宗哲:佐藤雅美

町医 北村宗哲 (角川文庫)

町医 北村宗哲 (角川文庫)

 

  「将軍たちの金庫番」など歴史経済小説という変わったジャンルの本を書いていましたが、いわゆる時代小説を手がけるようになってからは、最初に名前を挙げた二つのシリーズもの含め、基本的に捕り物系の物語を書いています。その捕り物の中にも佐藤雅美さんらしい、当時の正確な経済、社会のシステム、人々の暮らしの様子が織り込まれていました。

 そして今回紹介するこの新シリーズは、そのタイトルにあるとおり医者の物語です。しかも御典医などの高名な医者ではなく、一般庶民を相手にした町医者、北村宗哲が主人公。物語はどうにも不思議な症状に悩まされる患者の病の根源を探り当てるミステリーのようでもあり、貧乏人が直面する病の深刻さを嘆く人情物語でもあり、医者であるが故に巻き込まれる捕り物であったり、バラエティーに富んでいます。

 医療の現場は人の命がかかっていることもあり、とかくドラマになりやすく、現代ものでは数多くの小説が書かれたり、テレビドラマが制作されたりしていますが、時代小説の医療ものというのは意外に珍しいのではないかと思います。有名どころでは山本周五郎氏の「獄医立花登手控え」という作品くらいしか出会ったことがありません。

 この小説で特に面白いのは主人公である北村宗哲という医者の生い立ちです。それはこの第一巻を読み進めるに従って少しずつ語られていくのですが、とにかく何とも破天荒な経歴を持つ医者なのです。真面目一徹、理想と信念に燃える青臭いばかりの医者というわけではなく、かといってその逆の堕落しきった藪というわけでもなく。

 北村宗哲の過去の出来事は彼の現在の生活にも常について回り、物語の主要なポイントにもなっています。もちろんこの独創的な人間像を作り出したのは佐藤雅美さんの創作なわけですが、この人物像の上手さ、面白さを見るにつけ、佐藤雅美さんは単に事実にこだわり考証に優れてだけでなく、フィクションというか創作の上手さも同時に持ち合わせていることが実感できます。

 心の奥底になんらかの理想を持つ根っからの善人でありながらも、日々の生活においては自分も損得を考え、目の前の現実に流されていくような、人の心のリアルな表現は居眠り紋蔵にも現れている、佐藤雅美さん独特の人物像ではないかと思います。

 でも、やはり佐藤雅美さんらしいと感じる部分は正確な時代考証です。物語のあちこちに当時の医療技術についての解説がなされています。江戸時代、医者になるには何の免許も資格も不要であり、看板を上げれば誰でも医者になり得たため、いわゆる本当の藪医者が存在したこと、一方で、エリートを養成するための医学校もちゃんとあり、訓練を受け高度な技能を持った医者も養成されていたこと。さらには、当時の医療現場の様子、薬種の種類、流通の仕方、そして医者の経済事情などなど、非常に盛りだくさんの解説がなされています。

 主人公の北村宗哲は漢方の内科医という設定になっています。当時の医療と言えば蘭方(西洋医学)が導入されるまでは、かなりいい加減なものだったと思われがちですが、佐藤雅美さんによると内科に限っては当時は漢方の方がずっと進んでいたと説明しています。そして当時使われていた薬は漢方の薬草ベースでしたが、それらは効能が科学的に裏付けられ、現代でも使われているものが多くあるとも。

 その辺の具体的な解説は、当時書かれた文献を多く引用し、やや専門的すぎる部分も多くて読みにくいのですが、それが北村宗哲という架空の医者のリアリティを増す強力な背景でもあり、そしてストーリーとは別に、江戸時代の本当の姿を明らかにするトリビア的なエピソードでもあり、佐藤雅美さんファンには堪えられない贅沢な一冊です。

 おすすめ度:★★★★☆(単に医療もの時代小説としても楽しめます。)