酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

たそがれ長屋:池波正太郎ほか

 長屋ものアンソロジーの第三作目が発売されました。今回のタイトルは「たそがれ長屋」です。ちなみに前作は「親不孝長屋」でした。今回も選者は縄田一男氏です。巻末の選者解説によると、この長屋シリーズ三作にはそれぞれテーマがあって、第一作はタイトルどおり「親子」がテーマ。そして二作目は「夫婦」をテーマに選んだものだったそうです。第一作目については誤解しようがないほど明確でしたが、二作目について私は「他人同士」がテーマだと理解していました。ちょっと選者の趣旨とは違っていたようです。でもまぁ、読書なんてそんなもの。オレ様解釈で問題ありません(よね?)。 というか、夫婦はそもそも他人ですし、あながち間違ってもいないかも。

 さて、そこで今作のテーマですが「たそがれ長屋」が意味するものはずばり「老い」です。年金や医療制度など昨今の社会問題に鑑みて設定したテーマだと言うのが選者の説明。格差が社会問題化して「蟹工船」が再び読まれるようになったのであれば、高齢者医療問題が表面化してきたこれからは「楢山節考」みたいな老人問題を扱った古典的小説が読まれるに違いない。そこでこの本も時代の流れに合わせて「老い」を扱った時代短編小説の傑作を集めた、と解説されています。そうすればこの本も売れるかも、ということでは無いようですが。実際、今作に納められた五編は老いることをネガティブに捕らえたものばかりではありません。むしろその逆と言えるかも。

 今作に収録されている作品は、池波正太郎の「疼痛二百両」、山本一力の「いっぽん桜」、北原亞以子の「ともだち」、山本周五郎の「あとのない仮名」、藤沢周平の「静かな木」の五編です。大御所作家から現役人気作家まで時代小説の世界を代表するそうそうたる顔ぶれです。前二作とは違って今回は始めての作家さんはなく、少なくとも一作は読んだことがあります。池波正太郎は選者である縄田氏が好きなのか、全二作でも選ばれていました。いや、当然市井もの時代小説となれば池波作品は絶対に外せないということなのでしょう。剣客商売シリーズを始めあまりにも有名な割に私はまだ余り手を出していません。何となくそこは「あがり」な気がして...。

 で、第一話はその池波正太郎作の「疼痛二百両」です。これは主人公がとある大名家の江戸居留守役なので正確には市井ものではありません。藩の外交官としての任務と、きな臭さの漂う藩内の政治状況、そして追い詰められた困窮財政との折り合いに悩む大原宗兵衛。父の教えを想い、友人との昔の武勇伝を想い、自分の為してきた人生を振り返る主人公。物語の背景設定の重さに反して物語はコメディ調に包まれています。長年かけて自分が積み上げてきた人生計画とは何だったのか? 破れかぶれになりながら宗兵衛の人生はそれでも続いていきます。

 第二話は山本一力昨の「いっぽん桜」です。一力作品と来ればもちろん舞台は深川です。丁稚時代から四十年勤めたお店を思いがけず定年退職することになった長兵衛の物語です。やや出だしが唐突な感がありますが、自分の仕事には自負を持ちつつも、リタイアを余技されなくなった長兵衛のやるせない気持ちの揺れ動きは、まだそんな経験のない私にも手に取るように分かります。家でゴロゴロしながらも誰かが助言を求めてくるのではないか、ライバル店から声がかかるのではないか、などなど。そんな長兵衛も第二の人生を見つけることになります。なんだか設定を少しずつ変えればストーリーはそのまま現代ドラマに置き換えられそうな物語です。

 第三話は北原亞以子作の「ともだち」です。これは深川澪通り木戸番小屋に収録されていたもので読むのは二回目です。なるほど、これは確かに「老い」の物語です。しかし他の四編と違っているのは、女性の老いをテーマにしていること。江戸の街で女性として老いていくことの不安と寂しさ。そして同時に江戸っ子、特に女性は見栄っぱりで人情に篤いのです。月に一度訪れる"ともだち"を待つおすまの浮き立つ気持ちの表現は見事としか言いようがありません。そしてちょっともの悲しくもあります。これもまた現代ドラマに置き換えられそうです。時代設定は空気感を作り出す上で重要ですが、それに頼り切っていない優れたストーリーというのは時代設定を超越していることを今更ながら感心してしまいます。

 第四話は山本周五郎作の「あとのない仮名」です。これは非常に難しい物語でした。そしてある意味山本周五郎作品らしく、どうしようもなく転落していく救いのない物語でもあります。主人公は元植木職人の源次。飲み屋や旅籠の女将、弟子だった多平との会話や源次の心の声で綴られていく文章は、非常に軽妙で粋で独特の雰囲気があります。それは読んでいてとても面白く心地よいものなのですが、次第に源次には謎が多いことに気づき、読者たる私も彼の言葉の中から必死に源次の心内を知ろうと必死になります。そして結末は...。先に書いたとおり難しく救いのない物語だったことに気づかされます。

 ちなみに源次はまだ年齢的には老人ではありません。しかし世捨て人になって人生を投げ出してしまった様はまるで老人も同然。いっぽん桜に登場する長兵衛と違い、若くして自らの人生を投げ出してしまった源次。ラストに向かって語られる彼の説明に納得できるでしょうか?

 第五話は藤沢周平作の「静かな木」です。これもまた「疼痛二百両」と同様に武家ものです。というか海坂藩を舞台にした藤沢ワールドそのものです。勘定方勤め七十五石の布施家の家督を長男に譲り、毎日釣りをして過ごす気楽な隠居の身となったはずの孫左右衛門。一人の武士として、一家の主としての責務は全うしたのですが、父親としての任からは隠居したからと言って免れることは出来ません。それは責任云々ではなく人情、愛情というものです。藤沢周平さんお得意の海坂藩内の政争を交えながら血を分けた家族のために頭を悩ませる孫左右衛門。スッキリとさわやかな読後感の残る物語で、この本の締めにふさわしい一編です。

 300ページあまりの文庫本であっという間に読み終わりますが、考えてみればこれだけ豪華な作家の作品がいっぺんに楽しめる、ある意味とても贅沢な一冊です。オムニバスのベスト盤みたいな感じでしょうか。いやいや音楽のそれ系ベストアルバムのような何となく投げやり感というか無理矢理感とか安っぽさは全くありません。一定のテーマに沿って編集され、その背景についてしっかりした解説もあって、とても満足度の高い本です。ただし、この長屋シリーズはこの三巻をもって終了となるようです。ちょっと残念です。

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 この三部作を読んでいて思ったのですが、短編小説で自分なりのベスト集リストみたいなのを考えるのは楽しいかも知れません。色々テーマを設定したりして。それこそ自分的お気に入りベスト集のテープやMDを編集するみたいな感覚でしょうか。今は誰もやりませんが。もちろんMDやテープと違って実際に本は作れないのでリストを考えるだけですが。

 いずれにしてもそういう空想して遊べるようになるためには、もっともっといろいろな作家さんの色々な小説を沢山読まないと。しかも読んでも内容をすぐ忘れたらダメですし。そう言う意味ではこのブログの読書テーマのエントリーは読書記録として個人的に資料価値はとても高いのです。もちろん100%自己満足です(^^A

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