酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

おそろし 三島屋変調百物語事始:宮部みゆき

おそろし 三島屋変調百物語事始 (角川文庫)
 

 宮部みゆきさんの時代小説最新刊です。今のところハードカバーでしか手に入りませんが、迷わず買ってしまいました。いや、本当は畠中恵さんのしゃばけシリーズ最新刊「いっちばん」と並んで平積みしてあったので、どちらを買うかちょっと悩んだというのが本当のところです。でも「いっちばん」はきっと待っていれば誰かが買って貸してもらえるだろうということで「おそろし」の方を買うことにしました。

 宮部みゆきさんの時代小説といえば最近は特にファンタジー&ミステリー色が強いわけですが、この最新刊もその流れに沿った物語です。川崎宿の旅籠の娘である「おちか」はある事件があって実家にいられなくなり、江戸で袋物屋の三島屋を営む叔母と叔父の家に預けられています。おちかが負った心の傷とは何なのか?それは物語の当初では謎の一つとしてはっきりとは語られません。

 そうしたある日、急用で出かけてしまった叔父と叔母に頼まれておちかは店の留守を預かります。そこにやってきた一人の初老の客、松田屋籐兵衛。何となく気まずい思いをして主人の留守を詫び、籐兵衛の相手をしていたおちか。そこから三島屋の庭に咲く曼珠沙華の花を巡って籐兵衛から意外で不思議な昔話を聞くことにあります。それが第一話の「曼珠沙華」です。この物語は家族の愛情と憎しみの溝の深さをえぐり出し恐怖心で包み込んだ何とも言えない切なくて悲しい物語です。ちょっと不思議な話として漫然と読んでいると最後の部分でショックを受けてしまいます。

 そして第二話「凶宅」で語られるのはある不思議なお屋敷の物語。おちかはある日またまたある成り行きから、見知らぬ客人を迎えて不思議な話を耳にすることになります。今回のおちかの話し相手は「たか」という名の女性。彼女の素性は分からず名前も本名かどうかは分かりません。彼女が子供の頃、20年近く前に彼女ら一家が巻き込まれたある家を巡る騒動の物語です。その家は物の怪に取りつかれた幽霊屋敷なのか?あるいは何かが住み着いているのか?それともそれは人の心が作り出した幻なのか? これまた最後の最後で二重にびっくり仰天するような落ちが待っています。この辺は古典的な怪談の形式を取っているとも言えます。が、非常に手の込んだ面白い物語です。

 この調子でおちかが耳にする不思議な話が続くのかと思えば、第三話「邪恋」ではおちか自身の身の上話がいよいよ語られます。人それぞれが心の奥底に持つ闇の部分。それは秘めておくべきなのか、あるいは信頼できる人に打ち明けるべきなのか? おちかは籐兵衛とたかの打ち明け話を聞いた経験から後者に賭けてみることにします。おちかが選んだ話し相手は三島屋の女中頭である「おしま」。優しくて逞しくておちかが尊敬し頼りにする女性の一人。そしてあくまでも他人であるという点も重要です。このおちかの物語には怪奇現象も不思議な物の怪も一切出てきません。人間同士、家族同士が引き起こしたやりきれない事件。おちかはそこにどう関わったのか? 家族とは一体何なのか? おちかの心に深い影を落とし、実家にはいられなくなった経緯。人間の残酷さが嫌というほど伝わってきます。幽霊や妖怪なんかより人間の方がよほど恐ろしいことを平気でしでかします。

 おちかの打ち明け話を聞いたおしまがある日思いついておちかの元に連れてきたのは、おしまが以前つとめていたお店の末娘、お福。彼女が語る不思議な昔話が第四話の「魔鏡」です。お福が実家で経験した出来事がおちかの身の上と重なるような気がするというわけです。それを聞かせることで慰めになるのかどうかは分かりません。しかし、私の話を聞くと鏡が覗けなるかも知れません」という思わせぶりな台詞で始まる彼女が経験した昔話はおちかの体験以上にある意味壮絶な物語でした。家族とは一体何なのか? おちかを通して三度読者に問いかけてきます。


 と、第四話までは三島屋とおちかを中心に展開してきたものの、各話で一応完結した短編集のような構成となっていたわけですが、最後の第五話「家鳴り」で四話まとめての結末を迎えます。こういうのを大団円というのでしょうか。藤兵衛、たか、お福、そしておちからが経験してきた過去の総決算。すでにこの世の者ではなくなった彼ら彼女らの家族を供養し、成仏させるためにおちかが意を決します。ここへ至ってはもう時代小説も何もあったモノではありません。完全なファンタジーというかSFというか。江戸時代の風俗に根付いた怪談、百物語風に進んできた四話までの雰囲気ががらっと変わってしまいます。しか何故か面を食らう暇もないまま物語の世界に引き込まれてしまいました。この辺の物語力はさすが宮部みゆきさんです。

 でもちょっと難しすぎたかな? 結局成仏できずに彷徨う魂たちを閉じ込めていた者の正体は何だったのか? 今ひとつ掴みきれませんでした。これは落ちを理解する上で必要なことじゃないのかな?と思いつつ、でも何故か結末に満足してしまっています。このほんわかと暖かい不思議な読後感はやはり宮部マジックなのでしょうか?

 おすすめ度:★★★★☆