酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

梟与力吟味帳シリーズ:井川香四郎

冬の蝶 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

冬の蝶 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

 

 最近は気に入った作家さんの気に入ったシリーズものばかりを読んでいたので、久々にこれまで読んだことのない新しい作家のシリーズものに挑戦してみました。それがこの井川香四郎さんの梟与力吟味帳シリーズです。これまでに「冬の蝶」「日照り草」「忍冬」「花詞」「雪の花火」の5冊が発行済みです。いずれも文庫書き下ろしで、最新の「雪の花火」は今年の5月に発行されたばかり。そしてこのシリーズはNHK土曜時代劇「オトコマエ」の原作として最近は本屋さんでも比較的目立つところに置いてあることが多いようです。

 NHKの時代劇は大好きなのですが、今クールから土曜の放送になりしかも30分に短縮されてしまいました。またタイトルが「オトコマエ」ということで時代劇としてはかなり変わっています。3話ほど見てみたのですがこれがほとんどコメディドラマになっていました。まぁ、それはそれでアリだとは思います。で、その原作となればまたどれほどバカバカしい話なのだろうと思い、たまにはそういうコメディ調の時代小説も珍しくて良いのではないかと、本当に暇つぶしのつもりで第1巻だけまずは買ってみたというのが真の動機です。

 が、ある意味その期待は裏切られてしまいました。だいたいコメディで300ページ級の文庫が5冊も出るのか?と言うところからして怪しかったのですが、実際のところ土曜時代劇「オトコマエ」の原作たるこの「梟与力吟味帳」は実にまじめで普通の捕り物時代小説となっていました。時代設定は江戸後期、老中、水野忠邦が事実上幕府を支配していた時代で、南町奉行鳥居耀蔵、北町奉行遠山景元という江戸時代の歴史上まれに見る顔合わせ。天保の改革を推し進めようとする水野忠邦鳥居耀蔵は一心同体、それに対し遠山景元は一人対立してことある度に鳥居耀蔵と戦っていた人です。この小説の背景もそんな幕閣を交えた南町と北町の対立を軸にしています。ちなみに、南町奉行遠山景元とはもちろん「遠山の金さん」のモデルとなった人です。

 町方を主人公に据えた捕り物の小説はたくさんあります。大抵の場合は事件の現場を扱う岡っ引きや町方の定周り同心、隠密同心などを主人公に据えたものがほとんど。例えば北原亞以子作の「慶次郎縁側日記」シリーズも定周り同心と手下の岡っ引き達の物語です。異色なものとしては外回りの探索はしない例繰方同心を主人公に据えた佐藤雅美作の「居眠り紋蔵」シリーズがありますが、この「梟与力吟味帳」シリーズもやや変わった設定となっていて、事件現場の探索を行う同心でも岡っ引きでもなく、刑事事件の吟味(=いわゆる奉行所での裁判)を行う吟味方与力の藤堂逸馬を主人公に据えているところです。

 それに加え藤堂逸馬の幼なじみである寺社奉行吟味物調役支配取次役の武田信三郎と奥右筆仕置係をはじめ職を転々とする毛利八助が加わりいろいろな事件に関わってゆきます。この三人の仕事はどれもあまり聞いたことのない役柄ばかり。吟味方与力はともかく、寺社奉行吟味物調役支配取次役も奥右筆仕置係も幕府の比較的中枢に近い役柄で、江戸の町人の間で起こる殺人や強盗といった事件とは一見全く無関係そうな立場にいる三人がどうやって江戸の市井の風俗に関わっていくのか? 気のおけない間柄の三人の関係は、いい歳をしてほとんど悪ガキ同士のじゃれ合いに近いものがあります。コメディ的要素があるとすればこの部分でしょう。

 藤堂逸馬と武田信三郎はいわゆる役持ちの御家人ですが、家柄の良い毛利八助はさらに格の高い御目見得格の旗本です。遠山景元鳥居耀蔵など幕閣の中心人物も重要な役回りとして頻繁に登場し、政治ドラマの様相も呈していて非常に緻密で面白いストーリー展開がなされます。主人公含め登場人物達の社会的立場が比較的高く設定されていることから、江戸庶民の代表たる長屋の八さん熊さんのような貧乏人達が登場するような庶民的な雰囲気はやや薄らいでいます。かといってドロドロして非現実感漂う幕府内の権力闘争に明け暮れるわけでもなく、江戸町人達の生き生きとした生活感と奉行所内の役人達の世界がほどよく混ざり、とてもバランスのとれた面白い捕り物小説だと思います。

 お勧め度:★★★★☆