酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

風の果て:藤沢周平

風の果て〈上〉 (文春文庫)

風の果て〈上〉 (文春文庫)

 
風の果て〈下〉 (文春文庫)

風の果て〈下〉 (文春文庫)

 

 江戸時代の末期、ある雪深い地方の小藩を舞台にした五人の武士の物語です。その舞台は明確にされていませんが藤沢作品ではおなじみの東北地方の架空の藩(鶴岡を居城とした庄内藩がモデル)海坂藩であると考えて間違いなさそうです。同じ道場に通う仲の良い友人関係にある五人組は実は家柄や立場に大きな差があり、いずれは同席さえも許されなくなるであろう間柄。その絆は歳を重ねるたびに少しずつ引き裂かれてゆき五人五様の道を歩んでいきます。そしてもちろん、その道は平坦ではありません。身分の差などに無頓着な若い剣士達の清々しい青春物語で幕を開けたかと思えば、三十年の時を経て五人の間を引き裂く運命の過酷さと、彼らが否応なく巻き込まれていく政争のドロドロした物語に発展してゆきます。しかし、そうやって常に移りかわる世の中にあって、人の心の中には変わらないものがある... そんなことを語った物語のように思えました。

 ちょっとだけ出だしをばらしてしまいますが... 物語はいきなり緊張した場面から始まります。筆頭家老に上り詰めた桑山又左衛門に届く一通の果たし状。それは永年の友人、野瀬市之丞からでした。何とか話し合おうと市之丞を探す又左衛門。なぜこんなことになったのか?との思いとともに、物語は三十年の過去にさかのぼります。それは又左衛門が上村隼太だった時代。隼太も市之丞も部屋住みの身分だった若かりし頃の剣の仲間としての思い出。彼らはともに百石クラスの家の部屋住みとして同じような境遇にありました。そこにさらに五十石に満たないほとんど足軽並の最下級の家の部屋住みである寺田一蔵と三谷庄六と、千石取りの由緒正しい家柄の嫡男として育ってきた杉山鹿之助を加えた五人の若者達の身分を超えた友情に支えられた古き良き時代の美しい思い出です。

 しかし"家"を中心とした絶対的な封建社会にあった江戸時代の武士にとって身分の違いとはその後の努力や才能だけでは何ともしがたい越えられない壁でした。上士の跡継ぎである鹿之助と下士の家の部屋住みの身分では、その将来において雲泥の差があります。道場では身分を超えたつきあいがあったと言えどもその身分の差は歳を重ねるとともに容赦なく五人を引き裂いていきます。そんな無邪気な道場仲間時代に始まり、主人公である隼太、後の又右衛門の三十年の軌跡を中心に、市之丞、鹿之助、庄六そして一蔵のそれぞれの歩んだ道筋が別々に分かれつつ、しかし時には複雑に絡みつつ、運命に翻弄される五人の人生とは・・・。

 この小説の背景には、時代小説としていくつかの重要なプロットというか伏線の物語が流れています。一つは江戸時代の武士の身分制度。特に"部屋住み"と呼ばれた次男、三男達の過酷なまでの立場。彼らには将来というものがなく、他家の婿の口を探すか、さもなくば厄介叔父として一生実家の居候として暮らすか。正確な意味では彼らは武士ですらありません。鹿之助を除く部屋住みの四人はそれぞれ自分の身の振り方を心配し、四人四様の道を進んでいきます。

 次が江戸時代末期の武家財政破綻。江戸時代中期でさえすでに各大名家の財政破綻は顕著であったわけですが、外国船が日本近海に頻繁に現れ始めた江戸末期ともなるとその深刻度はいっそう増しています。そして藩内の政治と言えば金策も追われるのみ。金を持つものが政治の中枢を握り、金におぼれた者がその座から追われます。

 そしてこの小説の背景に流れる最も重要なテーマが農地開拓です。当時の大名家の財政状況にも直結する経済基盤の基礎は稲作にあります。家柄を測る尺度であった"石"も米を基本とした単位。領内の米の収穫高が高いほど財政にゆとりが出ることを意味します。そしてその米の収穫高を上げるもっとも効果的な方法が農地開拓です。荒れ野に水を引き、土を整備して水田を作ってゆく...。隼太たちが暮らす藩には領内最後のフロンティアとしてずっと注目されていながら、水を引く方法が見あたらず開発に至らない太蔵ヶ原があります。この土地の開発は藩に残された唯一にして最大の開発事業。手をつけて失敗すれば自ら失脚するばかりか、藩の息の根を止めかねず、成功すれば財政、農政すべてが一挙に好転するとともに権力の中枢に上ることが出来るであろう大事業となります。

 この太蔵が原の開墾は主人公である又左衛門に大きな関わりがあり、ストーリーを理解する上でもこの小説の"味わい"を楽しむ上でも重要なキーとなっています。新しい土地の開拓、というのは常にロマンを感じるものですよね。

 物語全体的には青春時代が去りお互いに非常な運命に翻弄されていくどちらかというと悲しい雰囲気のストーリー展開なのですが、そこにあるのはどうしようもない絶望感ではなく、むしろ一人の男の人生を振り返る懐かしさや達成感を感じさせる物語になっています。それは主人公の隼太が常に「夢」を持ち、その夢の実現が物語の中心にあるからに違いありません。逆玉の輿に乗って良い家に婿に行きたい、太蔵が原が開拓されて一面水田になる景色を見てみたい、そして執政の中枢へ入り込み権力を恣にしたい...。聖人君子ではない普通の若者で正義感ばかりでなく欲も煩悩も人並みにある隼太の姿はとても身近に感じられます。

 この上村隼太のような「普通の人」を主人公として書かせたら藤沢周平の右に出る作家はいないと思います。用心棒日月抄の青江又三郎もそうだし、三谷清左衛門などなど... すべて主人公は普通の人間味を持った人達でした。藤沢周平作品は派手さはないのにじんわりと心の奥底に響いて忘れられないのは、こんなところにも秘密があるのではないかと感じました。

 aisbn:4167192209おすすめ度:★★★★★