酔人日月抄

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虹の刺客:森村誠一

虹の刺客(下) 小説・伊達騒動 (講談社文庫)

虹の刺客(下) 小説・伊達騒動 (講談社文庫)

 

 江戸時代初頭に仙台藩62万石を巡って発生した伊達家中のお家騒動、いわゆる伊達騒動を題材として扱った時代小説です。伊達騒動とは藩主の仙台藩内部の権力利権争いに端を発すると同時に、時の徳川幕府内部の権力闘争をも巻き込んだ江戸時代の政治的大事件の一つです。この事件の背景と経緯、決着の付き方は非常にドラマチックなため、伊達騒動を題材にした歌舞伎や小説は非常にたくさんあるようです。その中でも一番有名なのは山本周五郎作の「樅ノ木は残った」でしょう。そのあまりの完成度に昭和30年代にこの小説が発表されて以降、伊達騒動を取り上げた作品は新たに書かれることはありませんでした。この森村誠一氏の「虹の刺客」が発表されるまでは。

 伊達騒動の公式な記録としては、時の幕府大老である酒井忠清の庇護を受けた一ノ関藩主伊達兵部が伊達宗家四代藩主亀千代が幼少であるところにつけ込んで伊達家の乗っ取りを謀り、それを阻止しようとした伊達安芸らと激しく対立した末、とうとう幕府老中による裁判により調停が行われることとなり、その裁判の場において激高乱心した伊達家老中原田甲斐が伊達安芸ら反兵部派の伊達家幹部に対し刃傷に及び、紛争当事者が亡くなったため裁判そのものが無効となり、伊達家のお家騒動は無かったこととして決着がついた、というものです。

 伊達兵部が伊達家を私物化し圧政を行って藩に害をなした人物であるのは動かしがたいとして、幕府裁定の現場にて兵部を告発した伊達安芸らを斬った原田甲斐が歴史上希有なまでの逆臣であるという、幕府と伊達家が下した結論には裏があると言われています。なぜならば、原田甲斐が刃傷に及び対立していた伊達家幹部らがことごとく命を落としたことによって、結果的に伊達家は幕府から何の処分も受けることなくそのまま生き残ることができたからです。結果的に原田甲斐は自らを含む伊達家幹部らの命を奪うことによって伊達家の存続を成し遂げたわけです。この騒動が小説になるに当たってのポイントは、果たして原田甲斐はそれを分かっていてやったのか?と言う点。

 山本周五郎の「樅ノ木は残った」はこの原田甲斐という人物を非常に思慮深くて忠義に篤く、常に伊達家の将来に渡る安泰を第一に考えていた忠臣として描かれていましたが、この「虹の刺客」では原田甲斐は心の中に獣を飼う非常に激しい気性の持ち主で、自分独自の野望を実現するため兵部派でも亀千代派でもない第三の勢力を狙い、その実現のためには手段を選ばない冷酷さと周到さを持った人物とされています。「樅ノ木は残った」でも原田甲斐は時折山に籠もって猟をし、その時間が一番充実しているという姿が表現されていました。これは原田甲斐の性格の一面を表したシーンだと思われます。

 原田甲斐には幼少の頃に猫を焼き殺したというエピソードがあり、原田家の先代は甲斐に原田家を継がせることを心配していたということからも、原田甲斐という人物像にはそういう気性の激しさがあったことは事実なのだと思います。

 しかしそんな性格とは裏腹に、家中においては昼行灯と呼ばれるほど静かで目立たない存在として振る舞い、兵部派と亀千代派が繰り広げる家中騒動から距離を置いていたその行動などからは、自分の野望を実現するためと言うよりも、状況を大局的に理解し伊達家存続の危機を誰よりも心配し、その具体的な脅威を誰よりも早くに察知して、伊達家の安泰を保つために行動していたという姿が浮かび上がってきます。自身の野望も伊達家あってのこと。当時の武家社会の中では"家"がなくなっては野望も権力も武士の矜持も何もあった者ではありません。その点、伊達家の存続自体を危機に追い込んだのは伊達兵部のみならず、正義を訴えていた藩主亀千代派の伊達安芸らも同罪の逆臣であると言えます。

 伊達騒動のクライマックスはもちろん幕府老中裁定の場における刃傷事件ですが、原田甲斐が犯人とされる公式記録に対しこの小説は別の説を取っています。この部分の基本的解釈は「樅ノ木は残った」と同じです。原田甲斐が伊達家を守ることを第一に考えていたとするなら、ここは本当に原田甲斐が自らの命を犠牲にして敢えて安芸らに対し刃傷に至ったとしても筋は通りそうな気がします。この期に及んで伊達家を救うにははそれしか手がなかったのだとすればなおさらです。

 が、この点は解釈が難しいところです。原田甲斐をそこまで追い詰めたのは単なる伊達家中のお家騒動だけではなく、もっと幕府の権力闘争というもっと大きな力がこの事件には働いていたためと見られています。だとすると、伊達家のお家騒動が老中によって裁定されてしまっては害が及ぶ可能性があったのは何も伊達家だけではなかったと。すなわち、伊達騒動とは伊達藩の一介の老中に過ぎない原田甲斐と幕府の最高権力者たる大老酒井忠清の対決であったと。これが単なる小説的演出なのか、一つの歴史解釈なのかは分かりません。しかし、小さな善が巨悪に立ち向かう物語は非常に感動的です。

 いずれにしても斬り立てられて命を落とす瞬間の原田甲斐が「これで伊達家は安泰...」と壮絶ながらも穏やかに死んでいく瞬間。この場面には赤穂浪士の物語のクライマックスと同じくらいのインパクトがあります。美しくも矛盾だらけの武士の忠義...。正義のためには伊達家をも犠牲にするという伊達安芸らの幕府への直訴は、藩があってこその武士社会の中にあって、正論でありながら矛盾を抱えていました。それと同じように、伊達家のためには自らの命を犠牲にすると言う武士の忠義もやはり大きな矛盾を抱えています。自らの命あって忠義なのですから。しかし、そんな大きな矛盾を抱えているからこそこういった武士の忠臣の物語は強く胸に響くものがあるのだとも言えます。忠臣蔵が語り継がれてきたのも同じ理由でしょう。


 「樅ノ木は残った」と違ってこの小説は原田甲斐の刃傷事件で終わりを迎えません。後半の1/4は伊達兵部のバックにいたと言われる時の大老酒井忠清のその後の物語が中心です。実はこの小説は酒井忠清こそが主人公だったのではないかと思わせるラストに向けて。

 酒井忠清は四代将軍家綱の寵愛を受けて徳川幕府の事実上の権力者となったものの、トップまで上り詰めた者の常として、権力に固執し転落をおそれて悪政に手を染めていきます。その一つの結果がこの伊達騒動だったと。宿敵原田甲斐亡き後の彼はどのような顛末をたどったのでしょうか?「虹の刺客」とはいったい何者で、誰が誰に向けて放った刺客なのか? ここはもちろん小説的脚色かと思いますが、非常にうまいストーリーだと思います。

 そしてこの小説のほとんど最後の方に「権力の輪廻」という章があります。その言葉の通り、権力とその腐敗はいつの時代も輪廻するものです。四代将軍家綱の時代には酒井忠清、五代綱吉の時代には柳沢吉保、その後は間部詮房田沼意次松平定信、水野忠成・・・と、最初は旧政権に対し改革者として登場し、旧政権を打ち倒しそして権力の座について保身を謀り、悪政腐敗へと流れ、次の世代の改革派に失脚させられる...。江戸時代は常にこの繰り返しでした。いや、今でもそうなのかもしれません。伊達騒動と原田甲斐を含むその犠牲者たちもこの権力の輪廻に巻き込まれ踏みつぶされていった人々に過ぎません。そしてそれ以前もその後も、同じような権力闘争による犠牲者は繰り返し繰り返し発生しているのです。これがこの小説の結論と言えるのでしょう。原田甲斐の英雄的側面を讃えると同時にその無力さ無意味さをも語っている何ともやるせない読後感を持ってしまう小説でした。


 なお、山本周五郎の「樅ノ木は残った」とこの森村誠一の「虹の刺客」を比べてみると、非常に美しい文章で物語として綺麗なのは「樅ノ木は残った」ですが、よりこの事件を深く掘り下げて大きな物語に仕立て上げられ、どことなくドキュメンタリー風で説得力を持つのは「虹の刺客」だと感じました。どちらか片方でも読んだことあるならば、もう片方も読んでみることをお勧めします(^^;

 aisbn:4062758962お勧め度:★★★★☆